XXI.魔獣現る
【食事処 SUN】でおばちゃんに勧められた料理を待っている間、俺たちは店内で響き渡る声を聞いていた。だが、有益な情報はなく、聞こえてくるのは料理の味や、街で見かけた好みの女性の話しか聞こえてこなかった。
「はいよ、お待ちどうさん」
おばちゃんが運んできたのは、大きな皿に零れんばかりに盛られたオムライスだった。
「当店自慢のデミオムさぁ。た~んとお食べ」
器用に取り皿まで一緒に持ってきていたようで、テーブル中央にデカ盛りオムライス、俺たち1人1人の前には取り皿を置いてくれた。
「すっげぇ旨そう!」
――炎魔、食い意地だけはピカイチだもんなぁ。
「お皿貸して。俺が取り分けるよ」
目をキラキラと輝かせ、涎を垂らしそうな炎魔を見ていると、なんだか微笑ましくなった。
「はい」
「おおぉっ!」
いつもだったら一目散にがっつく炎魔なのに、なぜか我慢している……。
「食べないの?」
「食いてぇけど……皆の分、まだ取り分けられてないじゃん……」
「……なっ!」
「頭……打ってないよねぇ」
「はぁ?何その反応!」
「いや……だって……ねぇ」
ディコイと俺は顔を見合わせ、互いに考えていることが同じだと察した。
「いつもならがっつくのに……待てができるようになったんだねぇ」
「言い方っ!」
「ははははははは」
そんな俺たちの反応を見ていたのか、周りでも笑い声が聞こえてきた。
「兄ちゃんたち、仲いいねぇ」
「羨ましいぜ」
「全く……いいもんを見せつけられたなぁ」
「がははははは、おかみさん、兄ちゃんたちに特製のドリンク頼むわ!」
「はいよ」
「皆で乾杯だっ!」
何故か店内にいた全員が俺たちに注目し、俺たちを取り囲むように盛り上がっていた。
――なんだかわかんないけど……これもこれで楽しいしいいかっ!
店自慢の、デミグラスソースがたっぷりかかったオムライスをあっという間に平らげ、俺たちは店内にいる人たちと話し込んでいた。
炎魔とディコイはそれぞれ話を聞きに回る中、俺はほろ酔い状態のガタイのいいお兄さんにがっしりと肩を組まれていた。身動きできずに困っていると、お兄さんが俺の方を見て呟いた。
「しっかし、兄ちゃんたちみたいにひょろっひょろだと、魔獣にすぐ殺られちまうぞ~」
「けど、魔獣ってそんな頻繁に出ないのでは?」
「ちっちっち、……その考えは甘えぞ!」
人差し指を左右に揺らしながら、目が虚ろのお兄さんは話を続けた。
「ここ数日の間に、何人もの若造が襲われてるってよ」
「若者……限定?」
「あれじゃね、若い子の方がイキイキしてて魔獣好みなんじゃないかな」
「うぇっ……」
「あっ、悪い悪い……けどまぁ、気を付けるにこしたことはねぇからな!がはははははは」
ある程度会話が落ち着いたところで、まだ店内でどんちゃん騒ぎをしている兄様方に別れを告げ、俺たち店を出た。
「にしても……こんな昼間っからよく酒が飲めるなぁ」
「……お酒が入ると、人ってあんなに変わるんだねぇ。あんな酔っぱらいに絡まれたことがないから、どうしたいいかわかんなかったよぉ……なんかこっちまで酔いそうだった……」
「ディコイはきっとお酒に弱い体質なんだろうね」
「僕は飲まないよぉ……無理……」
足取りが不安定なディコイに寄り添いながら歩いていくと、なにやら賑やかな場所に辿り着いた。
「さぁさ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。ここでしか手に入らない代物ばっかだよぉ」
「新鮮な魚はどうだい~脂ものってて美味しいよぉ」
「今日のデザートに甘味が強いフルーツはどうだい。ウラハではなかなか手に入れられないよ~」
目の前に広がっていたのは、通りを埋め尽くすように立ち並ぶ、たくさんの出店だった。
「なんだなんだ……」
興味津々の炎魔に対し、ディコイが相変わらずのテンションで答えた。
「ウラハ名物の輸入祭だよ」
「……輸入祭?」
「そぅ。毎年同じ時期に行われる有名なお祭りだよ。ウラハでは獲れない野菜や魚、織物に小物が一同に介するとして、色んな方面からお客さんが来るんだよ。まぁ、その裏では闇の取り引き、というかオークションが開かれているらしいんだけど……」
「なにそれっ!そっちの方がワクワクするじゃん!」
「はあぁ……言うと思ったよぉ」
ディコイの話によると、この輸入祭の裏では闇の取り引きが行われているものの、実際にどのようなモノが取り引きされているかはわからない、とのことだった。
「なんだ~、知らねぇのかよ~」
「実際に目にしたことがないからねぇ……。怪しい取り引き、としか言えないわ」
物珍しい出店を見て歩きながら、俺たちはソーラさんに情報収集の結果を伝えるべく、裏路地に向かった。
人気のない場所に着くと、地面にソーラさんの魔方陣が現れた。3人で魔方陣の中に立つと、俺たちは光に包まれ一瞬でソーラ邸へと移動することができた。
俺たちは到着した後、ソーラさんを探し歩いていると、庭園にあるテラスで優雅にティーを嗜む姿があった。
「時間通りだね」
「そういうソーラさんは早いですね……」
「こうしてお茶を嗜む時間があるくらいだけどね」
――この余裕っぷり……恐るべし……。
俺がじっとソーラさんを見つめていると、
「そんなに真剣に見つめられると恥ずかしいなぁ」
「あっ……いえっ……そんな見つめるだなんて……」
「ははははは。冗談だよ~。さて……情報交換といきますか」
まずは俺たちが得た情報をソーラさんへ伝えた。
ウラハの街で起きている魔獣の襲撃は、若い男性ばかり狙っていること……。特徴からして、同じ魔獣が関わっていることも伝えた。
ソーラさんからの情報によると、ウラハの周辺では最近密猟が盛んに行われていること、そして狙われているのはケモノではなく魔獣……それも赤・黒の魔獣が多いそうだ。
「どうして魔獣が狙われるんだ……」
「さぁ……。痛めつけるのが目的か、はたまた別の理由があるのか……」
何かが繋がりそうで繋がらない……。モヤモヤしながらしばらく考え込んでいると、炎魔がソーラさんに見てきたことを伝えていた。
「そういや、ウラハの中心街で輸入祭をしてたぜ!見たことねぇもんがいっぱいあって、すっげぇ新鮮だった!」
「輸入祭かぁ……そんな時期なんだな~」
――輸入祭……輸入祭……。あっ!
俺の頭であることが閃いた。
「密猟されている魔獣って、闇のオークションに出品されてるんじゃないかな……」
「……!!」
ディコイが目を見開きながら大きく頷いた。
「可能性はあるよっ!」
「確かに……あるかもしれないね……ただ……問題はどう潜入するか……」
「今みたいに変装すれば問題ないんじゃない!」
「……それは無理だ」
闇のオークション会場は、セキュリティが念入りに作られており、瞳認証で身元がバレるらしい。
「いくら変装技術がよくても、瞳まではいじれないからね……」
オークションが開かれるまではあと数日あるらしく、それまでの間はこれまで通り二手に分かれ、情報を集めることに専念することでこの日は解散した。
ウラハの街に戻った頃には、すっかり陽が落ち、街灯に照らされた道を3人で歩いていた。
宿までもう少しで着く、という時だった――。
目の前に現れたのは、全身を漆黒の黒い毛で覆われた4つ足の黒魔獣だった。この黒魔獣を表現するなれば、大きな狼……。
「ガルルルルルルルッ」
全身の毛を逆なで、威嚇する魔獣を前に、俺たち3人はどうするべきか迷っていた。
――黒魔獣相手にどうすれば……。
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