XIX.魔獣の記憶

 知識と見識を兼ね備えた、珍しい魔獣の存在——。

 

 それは今から遡ること幾年。

 深い深い森の奥でそれは誕生した。

 そこは、小さな光がきらめく眩い世界だった。

 周りを飛び回る無数の光——、彼らは妖精だと言った。

 私は彼らから多くの事を学んだ。


 人間、ケモノ、魔獣——。

 全ての命は平等にあり、尊いもの――。

 

 妖精に連れられ森の外へ出ると、そこにはまた違った光景が広がっていた。初めて目にするものに刺激を受け、私はよく森の外へ行くようになった。


 そこである人と出会った。


 彼女はレイと名乗り、人間だと言った。

 そして、私のことを魔獣だと言った。


「貴方は私の知っている魔獣とは違うみたい」

「ドウシテ ソウ オモウ」

「こうしてお話できる魔獣は貴方だけよ」

「ソウ ナノカ」

「えぇ!」


 彼女は私に名をくれた。


「貴方の名前は『コア』よ。私の故郷の言葉で、勇敢っていう意味があるの。貴方にぴったしの名前でしょ」

「コア コア……オボエタ」


 こうして森の外でレイと会うようになり、いつしか彼女が愛しい存在となった。

 妖精たちにそのことを言うと、彼らはこの気持ちが『恋』だと言った。

 私は彼女を森へ招き、妖精たちに紹介した。


「なんて素敵な場所なの!」


 彼女の笑顔は眩しかった。この笑顔をずっと守りたい、この先も一緒にいたいと思い、私はレイとの永遠を誓った。


 そんな時だった――。

 人間の中に、私を排除しようとする者たちが現れた。

 私がいずれ人間を滅ぼす、世界を滅ぼすおそれがあるという噂が広がり、討伐する動きが進んでいた。このままでは妖精やレイに危害が及ぶ、そう思った私はレイを残して森を離れることにした。だが――、


「私も一緒に行きます!」

「ダメダッ! キミノ イノチマデ アブナインダゾ!」

「離れたくないんです!お願いです!コアっ!」


 私はレイを連れて森を出ることにした。

 妖精たちが住む森が、誰にも見つからないように結界を張り、レイを抱えて遠くまで走った。どのくらい走っただろうか……。見つからないように、何日も何日も走った。レイは文句の1つも言わず私に付いて来てくれた。私は彼女がいればそれでいいと思い、行く日も行く日も彼女と一緒に逃げた。


 だが、人間の中には優れた能力を持つ者たちがいた。

 奴らは魔導師と呼ばれ、人間から頼られる存在として世界を治めていた。

 

「知識と見識を兼ね備えた魔獣よ。我らの声に従いたまえ!」

「……コトワル」

「貴様がこの世界を壊す存在、であるならば我らの敵!大人しく我らに捕らえられよ!」

「待って下さい!」

「レイっ!」

「魔導師様、話を聞いて下さい!彼はっ、彼は心優しい人なんです!」


 レイは私を人と言った。

 心を持った人だと言ってくれた。


「貴女は惑わされているだけです。……さぁ、こちらへ来なさい。魔獣のそばにいると危険ですよ」

「彼が危険?……そんなことないわ!全て嘘よっ!」

「何っ!」

「レイ…… コッチニ クルンダ」


 私がレイの手を取ろうとしたときだった。

 魔導師の1人が、彼女目掛けて魔法の矢を放った。矢は彼女の左胸に突き刺さり、私の腕の中に倒れ込んだ。


「レイ レイっ! レイイっ!!」

「……お願い、泣かないで……貴方に……泣き顔は……似合わないわ……」


 私の目からは水が流れていた。

 彼女はこれが涙だと言った。

 彼女が私の目元に触れ、溢れ出てくる涙を拭ってくれた。


「コア……私を……亡骸を……妖精たち……がいる森へ……連れて行って……」

「アノモリ ニ モドルノカ?」

「えぇ……そうよ……お願いね……コア……愛してる……」


 彼女は私の腕の中で息を引き取った。

 私の中で何かが弾ける音がした。


 そう、これは怒り、悲しみ――。

 

 味わったことがない感情に我を忘れた私は、その場にいた何人もの魔導師にありったけの魔力を込めた炎を放った。魔導師たちは悲鳴を上げながら炎の渦に包まれ、1人また1人と姿を消していった。


 私はレイを抱きしめたまましばらく動けないでいたが、彼女が言い残したことを実行するため、妖精たちの森へと急いだ。


 森へ入った途端、妖精たちは何も言わず、私と眠ったままのレイを聖なる木の元へと案内してくれた。そこには、レイが好きだと言った花が散りばめられたベッドがあった。


「こちらに」


 そう言われ、私はレイを花のベッドに優しく寝かせることにした。

 ベッドの上で眠る彼女の表情は穏やかだった。


「レイ様からお願いされていたことがあります」


 妖精が私に言った。 

 それは思いもしないことだった。


 レイはただの人間ではなく、魔女であったこと――。

 そして、魔獣である私と魔女である彼女との間に新たな命が産まれていたこと――。


「ナゼ イッテクレナカッタンダ……」

「レイ様はこうなることを予知されていました。コア様と、お子様方を守るために、私どもに依頼されたのです……お話できず、申し訳ありませんでした」

「オコサマ ガタ?」

「レイ様は、2人のお子様をお産みになられたのですよ……」


 妖精たちに連れられ、木の根元にある窪みを覗き込むと、2人の男の子がすやすやと眠っていた。


「フタリ……」

「えぇ、同じ日にご誕生されたのですよ。今はまだお目覚めにはなられませんが、きっとコア様とレイ様に似て、心優しいお人になられるでしょう」


 私は双子の男の子にそれぞれ名を与えた。


 炎魔えんま——、炎が燃え盛るような赤い髪が特徴的な気の強い子。私に似て炎の魔力が強い。

 珀魔はくま——、レイ譲りの琥珀色の髪が特徴的な優しい子。レイに似て頭が良い。


 こうして私は2人の子に名前をつけた。

 レイが私に名をくれたように……。

 



》》》》》


 炎魔を包んでいた光が消え、魔法陣の効果もなくなったところで、普段と変わらない口調の炎魔が戻って来た。


「ふぅ……これが俺様の過去、というか、父親の過去か……」

「炎魔は双子、だったのか……」

「うん……弟と言っても、いけすかねぇ奴だけどな……」

「ん?……なんかおかしくない?」

 

 ディコイが首をかしげ、考え込むように炎魔に問いかけた。


「トラガが襲撃されているときに、炎魔は弟君と対峙してたんだよね……」

「そう、だけど」

「その弟君の名前は?」

「イツキ……あっ!」

「気付いたぁ?僕が炎魔に聞いた時も『イツキ』って名前を言ってた。でも、さっきの魔獣の記憶を聞いている限り、炎魔と同じ時期に産まれた双子の弟は『珀魔』、なんだよね……」

「何かがおかしい……」


 俺も気になっていることがあった……。

 『イツキ』と名乗る人物が炎魔の弟として存在していること……。


 一体何が起きているのか――。

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