XVIII.魔導師ソーラの過去

 鳥の囀り、差し込む陽の光で目を覚ますと、すでに起きていた妖精たちが楽しそうに天井を飛び回っていた。


「トラガさん、お早いお目覚めですね」

「今日もいい天気ですよぉ」

「う~ん……そうだね」


 軽く伸びをした俺は、隣のベッドで気持ちよさそうに眠っている炎魔とディコイを起こさないように、そっと部屋を出た。

 ソーラ邸の庭へと続く扉を開けると、草花のいい香りが鼻を掠めた。


「くぅ~」


 自然の空気を味わうため、大きな伸びとともに深呼吸をすると、すっきりとした気分になれた。


「トラガくん、おはよう」


 草花に水をあげていたソーラさんが俺に気付き、手を止めて振り返っていた。


「おはようございます、ソーラさん。早起きなんですね……」

「はは……まぁね。私はもう少し寝たいのだけど、起こされちゃうんだ……」

「あぁ、なるほど」


 ソーラさんの視線の先には、草花の周りを飛び回る妖精たちの姿があった。

 俺はソーラさんがいるところまで歩いて行った。


「彼らにとって植物はかけがえのない存在なんだろう……それを私が枯らさないように見張っているんだよ……」

「そう、なのですか……?」

「そうだよ」


――なんか棘のある言い方だけど……そんな事を言いながらも表情は穏やかなんだよなぁ……。


「トラガくん」

「はい」

「この先、君たちがどんな道を歩むにしろ、狙われるのはトラガくん、君だからね」


 これまでに聞いたことがないソーラさんの低めの声に、俺は思わず横顔を見入ってしまった。


「そんなこと、心配しなくても大丈夫だかんなっ!」

「そうだよぉ。この僕がいるんだからね!」

「いいや、俺様がトラを守るんだっ!」

「何かっこよく言ってんのぉ?炎魔よりも僕の方が役に立つに決まってんじゃん!」


 いつの間にか起きてきた炎魔とディコイが俺の隣に立ち、恥ずかしいような嬉しいような言葉を言っていた。


「はははははははは」


 笑いを堪えきれなくなった俺は、思わずふき出してしまった。


「ははははは、2人とも……本当に頼もしいよ」

「そう言いながらも笑ってんじゃん……」

「……炎魔、ディコイ、……ありがとう。俺は運が良かったんだ。もう迷ったりしないよ」

「……何に迷ってたかわかんないけど、なんか大人になったんじゃない?うぃうぃ」

「ちょっ、ディコイ……くすぐったいよ~」

「俺様も混ぜろっ!」


 ディコイに加勢した炎魔が、2人合わせて俺の両脇をくすぐり攻撃をしかけてきた。かわしてもかわしても捕まってはくすぐられるため、どうするか悩んでいると、妖精たちが俺側に加勢してくれた。こうしてしばらくの間、庭園でじゃれあい、楽しい一時を過ごしたのだった。


――俺はここがゲームの世界だから、と一線引いていたのかもしれない。……ゲームの世界だろうと関係ないっ……。俺が今いるこの世界を生きよう……、生きていきたい。それも、大切な仲間……いや、家族のために。


「そろそろ朝ごはんにしないかい」


 ソーラさんの声かけで、ようやくじゃれあいが終わり、朝からヘロヘロになった身体をクールダウンするのだった。


 朝ごはんを食べ終えた俺たちは、今後について話し合うことにした。


「そもそも、トラガを狙う理由ってなんなの?」

「……わかんない。今わかってるのは、久遠とキールって奴が俺に向ける殺意がすごかったことと……奴らが言うイツキ、という人物がこの世界を牛耳ろうとしていることだけだよ」

「俺様……2人に話さないといけないことがある」

「……ここで話す?それとも……宿に戻ってからにする?」

「……ここで話す。ソーラさんは悪い人じゃなさそうだし……」

「そうかなぁ……。信用に値するとは思えないけどぉ」


 ディコイがソーラさんを横目で見ながら拗ねるような言い方をしていた。


「ははは、ディコイくんはなかなかに厳しいお人だ」


――ディコイ……ソーラさんと魔力の差があまりにも違いすぎて、ちょっと拗ねてるのかな……。ディコイの治癒能力もすごいんだけどなぁ……。


「そうだね……。少し、昔話をしようか……」


 ソーラさんから思いもしない提案を受け、俺たちは互いに顔を見合わせた後、こくりと頷いた。


「これはまだ、私が魔導師として未熟な時のお話なんだけどね……」




》》》》》


 これは私が魔導師になる前のこと――。

 私は代々魔法が使える家系に産まれた。街外れにある村にいた私たち家族は、魔法が使えることを始めは隠して生活をしていた。だが、村人の人情味に触れ、互いに助け合う生活ができるのであれば、との思いで魔法を使うようなったそうだ。


 そんなある日のこと、村の近くではある騒ぎが起きた。

 若い村人が魔獣に襲われたんだ。

 幸い大事には至らなかったが、村人は魔獣の恐ろしさに怯えるようになった。

 そしてあろうことか、魔獣を誘き寄せているのは私たち魔導師だという、嘘の噂話が村中に広がった。

 いくら説明しても納得してもらえず、私たちは村から離れるように言われた。行く宛もなく途方に暮れていたときだった……。

 村から聞こえてきたのは、村人の悲鳴と魔獣たちの呻き声だった。すぐさま引き返したものの、村は壊滅的な状態だった。あちこちに倒れていたのは切り刻まれた村人たちの姿……。家は燃え上がり、なんとも言えない異臭も立ち込めていた。

 私たち家族は悲しみに暮れ、どうすることもできなかった事を悔やんだ。

 せめてもの償いをと思い、両親は渾身の魔力を使い、村を消し去った……。それが禁忌魔法だった、ということは幼い私にはわからず、両親はその後、魔導師協会に罰せられた。


 両親と離れ離れになった私は、ある魔導師の元へ弟子入りすることになった。それが私の師であり、親のような存在となったんだ。

 命の大切さを学び、魔法の扱いを学び、日々勉学に励んだ私は、史上最年少で魔導師資格を有することができた。

 そして魔導師としての初めての仕事が、ある魔獣の討伐に加勢することだった。


『知識と見識を兼ね備えた、珍しい魔獣の存在をこの世から消し去れ――』


 私は人に害をなさない魔獣討伐には消極的だった。

 私の師がそういう人だったから……。

 魔獣全てが人に害をなす存在ではない。少なくとも、私は師にそう教わった。


 だが、魔導師協会のお偉いさんには通用しないと思い知った。

 魔獣を討伐しなければ師を罰すると言い出した。


 師は私にこう言った。


『己の信ずるようになさい』


 私はこれまで師に教わったことを貫くことにした。

 結果、私は魔導師教会を追放され、師も罰せられた。




》》》》》


「これが、私の話だよ……。魔導師教会はその後、お偉いさんの総入れ替えがあってね、私がこうして魔導師を名乗れるようになったのもそのおかげなんだよ」


 ソーラさんの過去を知り、俺たちはしばらく何も言えないでいた。

 そんな沈黙を破ったのは、炎魔だった。


「ソーラさん……その魔獣のことなんだけど……」

「ここからは君の番、なのかもしれないね」

「俺様の記憶を呼び覚ます手伝いをしてください……」


 いつになく真剣な炎魔の表情……。

 ソーラさんは炎魔に頼まれた通り、記憶を呼び覚ますために魔法陣を描いた。中央に炎魔が立ち、ソーラさんが呪文を唱えると炎魔の身体は光に包まれた。

 しばらくすると、普段の炎魔とは人が違うかのような口調で話し始めた。


 炎魔の口から語られたのは、想像を遥かに超える内容だった――。

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