XV.伝説とも呼ばれた剣

 魔剣――。

 この世界において伝説とも呼ばれた剣のことだ。


 漆黒の刃に魔力が込められている剣は異彩な雰囲気を放っている。

 魔力は魔獣上位に君臨する黒魔獣にも通用し、物理攻撃も他の剣とは比べ物にならないほどの強さを誇る。

 冒険者であれば誰もが憧れる剣、ではあるものの……所在が明らかになっておらず、探すに探せない代物として有名だった。かくゆう俺も、前世で冒険中に探したものの、出現条件がわからずに苦戦し、結局手に入れることができなかった……。

 

 そんな剣が、今俺の手元にある。


「なぜ貴様ごときがその剣を手にしているんだっ!」

「ぐぅ……俺にだってわかんねぇ!」


 俺は久遠の剣を受け止めながら答えるも、あまりにも力が強く、圧倒されていた。


――剣が重い……。こいつの太刀筋……全然乱れない……。今の俺は、受け止めるだけで精一杯だ……。


「はっはっはぁ……貴様っ、俺の剣を受けるだけで精一杯じゃねぇかっ!そんなんだと俺には勝てないぞっ!」


 久遠が力を込め剣を弾いた、と思いきや、もう片方の剣で俺に切りかかる。


――多少のかすり傷なら命取りにはならない……。まともに剣を受けるよりも、受け流して策を練るのもありか……。


「おらおらおらっ、せっかく魔剣を持ってても、使えないんじゃ意味ねぇよなっ!このままだと俺に殺されちまうぞっ!ぎゃははははははは」


 まさに狂気に満ちた様……。

 一瞬の油断も許さない太刀筋……。


――あぁ、くそっ!どうすればいんだ!


 久遠が剣を振るう度に、俺の身体のあちこちに切り傷が刻み込まれ、地面には血が飛び散っていた。


――痛いっ……切られたところが熱いっ……。


 避けても避けても次から次へと攻撃される中、俺は一瞬の隙を見極め、久遠の下っ腹に勢いよく蹴りを入れた。


「ぐはっ……貴様っ!」


 よろめきながら後ずさりする久遠に対し、俺は怯むことなく魔剣を構えた。


――剣に秘められた力を呼び覚ますには何か呪文があるのか……。んなこと言ってらんねぇっ!俺がこの剣にどう思いを込めるかだろっ!


「はあぁっっっ!!」


 俺の思いに応えるように魔剣は黒いオーラを纏い、とてつもない魔力を放っていた。そんな剣を俺は、久遠とキールがいる方へ向けて両手で力いっぱいに魔剣を振りかざした。


「久遠っ!これはまずい!引き揚げるぞっ!」

「くそっ!」


 上手く攻撃を躱した久遠とキールは、素早くその場から離れて行った。

 大きな音とともに辺りには煙が立ち込め、気が付くと目の前には瓦礫の山ができていた。


「ふ……はぁ……はぁ……」


 ――こんなの……どう考えてもゲームの世界じゃない!ってか、なんで俺が命を狙われなきゃなんねぇんだ……。はぁ……身体中痛ってぇ……。


 俺は思わずその場に座り込んでしまった。


「トラっ!おいトラっ!目を開けろ!」


――あれ……炎魔の声が……聞こえる……。これは夢、か……?


「こんなに傷だらけになって……」


――こっちからは……ディコイ……か。……いつもより……弱々しい声、だな……。


 身体のあちこちに温かさを感じ、しばらくすると、切られて痛みを伴っていた部分から、すう~っと痛みが引いていくような気がした。


「うっ……」

「トラっ!」

「トラガっ!」


 重たい瞼を開けると、俺のことを心配そうに見つめるディコイと、なぜか号泣している炎魔の姿が目の前にあった。


「ぐす……ドラぁ……」

「げっ、炎魔……鼻水がトラガにかかるって……はい、これで鼻かんで」


 ディコイから手渡されたちり紙で勢いよく鼻をかむ炎魔を見て、俺は思わず笑みをこぼしていた。。


「ははは……。俺、生きてるんだな……」

「ひっどい傷だったけどね……。まだ傷は完全に塞がってないんだから、無理はしないでよね」

「俺様っ、ぶっ倒れでだドラをびで、どぅじようがどおもっだんだぞ……」

「炎魔……、何言ってるかわかんないや。ははは」


 ゆっくりと起き上がろうとしていた背中を、そっとディコイは支えてくれた。

 目に見える傷痕はないものの、思いの外体力は限界を感じているようだった。


 ふと景色を見ると、綺麗な街並みが一瞬で瓦礫の山となり、その光景を心配そうに見つめる住民たちの姿があった。


「あ……俺……街を破壊しちまった……そうだっ、街にいた人は……怪我人は?」

「心配しなくても大丈夫だよ」

「けど……」

「彼が、近くにいた住民たちを避難させたから」


 ディコイの視線の先には、黒いマントを深々と被った背の高い男性の姿があった。


「あぁ……あの……」


 図体の割に気が小さいのか、ポリポリと頬を掻きながら一向に話をしない……。それに加えて、視線すら合わせない彼とディコイを交互に見ていると、しびれを切らしたディコイが話し出した。


「彼……人見知りなんだぁ」

「へ、へぇ~」

「そんでもって、この街で探していた占い師さんなんだよぉ」

「……へっ?」


――失礼だけど、本当に失礼だけど……彼が占い師?……どっからどう見てもコミュ障のお兄さんだよね……。


 俺は目をぱちくりとさせながら、まじまじと彼を見つめていた。


「あ……えっと……」

「……ありがとうございました」

「えっ?」

「あぁ……、街の人たちの避難を率先して下さり、ありがとうございました!」


 俺は深々と頭を下げ、精一杯の感謝の気持ちを伝えた。


「そんな……気にしなくてもいいよ。私は、私がすべきこととをしただけだから……」


 穏やかな口調で話す彼に、俺は少しだけ安堵した。


「そ……それよりも……君たちに……聞きたいことがあるんだ……一緒に来て……欲しい」


 ゆったりした足取りで歩きだす彼に付いていこうと、俺は立ち上がるも、よろよろと転けそうになっていた。そんな俺を両脇で支える炎魔とディコイ……。


「……ありがとう」

「助け合うのは当然のことでしょ!」

「お互い様ってことよ!」


 こうして俺たちは占い師を名乗る男に連れられ、彼の隠れ家へと向かうのだった。







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