Ⅻ.トラガと虎牙

 ハイールラを出立してかれこれ数週間、野宿に野宿を重ね、ようやくふかふかのふわふわでゆっくり休める……と思っていた俺たちだったが、そんな甘ちょろい考えは叶わないものとなった。


「このでかいベッドに、野郎3人で寝るのかよ……」

「道理で受付の女の子……言いにくそうにしてたわけだぁ」

「俺、椅子で寝るからいいよ」

「だったら俺様は床で寝る!なんてたって、俺様はどこでも寝れる体質だかんな!」

「……はぁ~あのさぁ、こういうのやめようよ」


 抱えていた荷物を気だるそうに置き、盛大な溜息をもらしながら呆れ顔のディコイが言った。


「ここは仲良く3人で寝ようよ!バラバラで寝るなんてだめだよ!……何のために僕がこの宿にしたと思ってるのさぁ」


――半べそディコイ……ちょっとかわいいなぁ。


「ちょっとぉ、トラガ~今変なこと考えてなかったぁ?」

「ふぇ?……ないないない!」

「怪しい……それよりも!トラガ……何があったか話してくれるよね?」


――やはり忘れていなかったかぁ……。


 俺は2人に隠し事はできない、……いや、したくないと思い、謎の人物から忠告を受けた事について話をした。


「う~ん……。炎魔は何か心当たりないのぉ?」

「んなこと言われてもなぁ……」


 当の本人に思い当たる節がないのであれば、どうすることもできない……。3人で頭を抱えて考えるも、結局答えは出ないままだった。


「よし!今日はもう寝よ!ぐだぐだ考えてもしゃ~ない。この街で何か有益な情報があるかもしれないし、明日には明日の風が吹くんやから!」


 考えても答えが出ないことはよくあることだ。そんな時は、頭をリフレッシュさせるためにも寝るに限るのだ。


「それもそうだねぇ。せっかく秘湯で身体もすっきりしてるんだ。このまま寝れば快眠間違いなしだよぉ!」

「そうだな!……んでもよ、このベッドに俺様たちはどうやって眠るんだ?」

「川の字で寝ればいいんだよ」

「……それはわかってる」

「問題は、真ん中で誰が寝るか……だよねぇ」

「あぁ……そゆことか……」


 炎魔とディコイが同時に俺の方を見た。

 いや~な予感がする……。


 案の定――。

 炎魔、俺、ディコイの順でベッドに並び、眠ることになった。


「結局俺が真ん中になるんだね……」

「まぁ……これが一番しっくりくるんだし……しゃ~ねぇよ!っていうか、3人で並んで寝ても結構広いんだな!それにディコイが言ってたようにふかふかだぁ!」

「すぅ……すぅ……」


 俺の左隣からは、気持ち良さそうにディコイが寝息をたてているのが聞こえてきた。


「寝付き……早いね」

「ディコイ……すげぇな」


 起き上がってディコイの様子を見ていた炎魔は、感心するように呟いた。


「なぁ、トラ……」

「ん?」

「その……トラと接触した奴のことなんだけど……」


――炎魔……もしかしたら何か知っている?……でも、問い詰めるよりも、炎魔自身が話したいと思ってくれないと……。


「無理に話さなくてもいいんだよ」

「えっ?」

「炎魔の話したいタイミング話せばいいよ……。それが今じゃないなら無理に話さなくてもいい」

「トラ……」


 似たような経験を俺は前世でしていた。

 俺にとっては親友とも呼べる、あいつとの大切な思い出……。


虎牙トラガはお人好しだよ』


 あいつが最後に俺に言った言葉――。

 まさかこれが最後の言葉になるとは、あの時の俺は思いもしなかっただろう。


「俺さ、この世界に来る前に、家族以外にも大切な人を失くしているんだ……」


 俺の親友、一樹いつき――を。




》》》》》


 主に呼ばれた久遠は、心底ダルそうに部屋を訪れた。


 コンコンコン――

 部屋の前で戸を叩き、中で待ち構えている主に向かって声を出した。


「……久遠です」


 中からは、少し苛立っているような低めの声が聞こえてきた。


「入れ」

「……」


 言われるがまま部屋へ入ると、足を組み、肩肘をついた主の姿があった。睨み付けるように久遠を見つめ、無言にも関わらず異様な威圧感を放っていた。


「で、貴様は一体何をしてたんだ?」

「……ウラハに到着したトラガと接触しました」

「誰が許可した」

「ぐっ……私が勝手に行いました」


 無言の時間は時に残酷とも言える。

 久遠もどうしてよいかわからず困惑していると――


「久遠」

「はっ」

「己の力を過信するな」

「……はい」

「貴様のその自信過剰がいずれ命取りになるぞ」

「承知しました」

「で、あいつは、……虎牙はどんな反応だった?」


 不適な笑みを浮かべる主に、久遠はおもわず背筋が凍るような感覚を覚えた。


「……特に何もありませんでした」

「……何も、だと」

「……はい。驚く様子もなければ、恐れる様子もありませんでした」

「くくくくくく……そうか……もうよい。下がれ」

「はっ。失礼します」


 久遠が立ち去った後、室内では伸びをする1人の男の姿があった。


「これから楽しみだなぁ……虎牙。くくくくくくはははははは」


 室内に響き渡る不気味な笑い声は、しばらく止まることはなかった。



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