Ⅺ.大都市ウラハ
秘湯で疲労回復をした俺たちがウラハへ向けて出発する頃には、陽が傾き始めていた。
「ちょっとぉ!予定よりだいぶと遅いんですけどぉ」
「うっせ~な!ディコイだってゆっくりしてたじゃんか~」
「ぐぬぬ……けど、炎魔が卵をぱくぱく無限に食べてたから遅くなったんでしょ!」
「なにぃ。今までに食ったことない、美味い卵が悪い!」
――炎魔……卵に罪はないんだ。それに、雛になるはずの卵を俺たちが奪ってしまっている分、俺たちの方が罪深いんだ……。
「炎魔のせいで卵がなくなったんだよ!」
「また探せばいいじゃん!」
「卵、探すのに結構労力使うんだよぉ!」
「木登りするのは俺様じゃんか!」
「目星をつけてるのは僕だけどね!」
いつも通りの2人を、いつものように俺は間に入って止めた。
「あっ!ほら!看板が見えてきたよ!」
「ふぅ。ようやくだぜ~」
「この看板が見えたってことは……おっ!街だ!」
ウラハ、と書かれた方へ道なりにしばらく進むと、眼下には広大な街並みが見えてきた。
「うっひょ~でけぇな!」
「ウラハは大都市だからね!せっかくお金も貯めたんだ!今夜くらいぱぁ~っと楽しもうよ!」
「そうだね。街に着いたらまずは宿を探さないと……」
「そうと決まれば、急ぐぞ~い!」
「炎魔っ!待てよぉ!」
一目散に炎魔が駆け出したため、ディコイはその後をすぐ追いかけるように走り出した。
「トラガ~早く来なよぉ」
「今い……」
ゾワワワワ―—
鋭い視線——、背筋が凍るような殺気——。
俺の背後に何かいるような気がした。
振り返る勇気はなく、しばらく動けないでいると、囁くように誰かが言った。
「炎魔には気をつけろ」
俺は勢いよく振り返った。だが、そこには誰もいなかった。
――一体誰なんだ……。炎魔に気をつけろ?どういう意味なんだよ……。俺が知る限り、そんな事を言う奴なんて……知らないぞ。それよりも背中に感じたあの殺気……。炎魔が襲われた時の感じと似てた。……もしかして……裏ボスと何か関係があるのか?
「トラ~」
「トラガ~」
目の前には俺の名を呼ぶ炎魔とディコイの姿——。
――何かが起きようとしているのか……。
俺は記憶を遡ろうとするも、何も思い当たらず、そのまま2人の元へと急いだ。
「なんかあったのか?」
炎魔が心配するように、俺の顔を覗き込みながら訊いてきた。
「へ?何にもないよ~」
ごまかすように作り笑いをするも、共に旅をしてきた2人には通じなかった。
「何か隠しているね」
「俺様が騙されると思うなよ!」
「ははは……ちゃんと話すよ……。さてと、まずは今夜の宿を探さないとね!」
「ディコイはこの街でおすすめの宿とか知らねぇの?」
「ふっふふ~。よくぞ訊いてくれました!この街に来たら泊まるべき宿へと、僕がご案内いたしましょう~」
「よぉし!行くぞぉ」
ディコイを先頭に俺たちは大都市ウラハへと足を踏み入れた。
街を照らす灯りは橙のライトで統一され、行き交う人の表情は穏やかな表情であり、まるで人柄が街を表しているのではないかと思えた。
本来であれば、街に1か所、2か所あれば優秀なよろず屋も、このウラハでは専門店として展開されている。武器、素材、書籍、小物等々、多くの店が点在するため観光として訪れる人も少なくない。
ディコイに連れられるまま、俺たちはある場所へと到着した。
【お泊り処 憩】
看板に書かれたお泊まり処、街に入ってようやく宿に着く頃には夜空に星が輝いていた。
「この宿、何がいいってベッドがふかふかで寝心地が最高なんだぁ」
「……寝心地って。他のとこも同じようなベッドじゃねぇの?」
「ちっちっち~。炎魔くん、それは違いますよ!」
「……言い方うぜぇ」
ディコイ曰く、ウラハに数ある宿屋の中でも『憩』は断トツで寝心地が良く、翌朝には快眠を得られる……らしい。とことん寝心地に拘ったベッドを導入し、布団の素材にもふわふわの羽毛が使われているとか……。
「ここのベッドで寝ると、他では寝られないの」
「よく言うぜ。野宿してる時だってぐぅすか寝てたじゃん!」
「僕はどこでも寝られるの!つまりは……適応力があるの!」
「2人とも……部屋が空いてるかわかんないんだから、早く入ろうよ」
炎魔とディコイの背中をぐいぐいと押し、俺は『憩』の中へと入った。
カランカラン―—
入ってすぐの呼び出しベルを鳴らし、係の人を待っていた。
しばらく待っていると、階段を降りてくる人の姿があった。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
そう言い、駆け足で俺たちの元へとやって来たのは、『憩』の女性スタッフだった。
「これはこれはディコイ様。いつもご利用いただき、ありがとうございます」
「いえいえ。……今日から数日、部屋って空いてるかな?」
「少しお待ちくださいね……」
パラパラと帳面を確認し終えた女性スタッフの表情は、何かもの言いたげな様子だった。
「ディコイ様……同室であればお部屋をご用意できます……」
「同室っ!?」
「はい……。お一人お一人のお部屋の準備は致しかねますが、同室でよければ長くお使いいただけるお部屋がございます」
「俺は3人一緒でもいいよ」
「俺様もいいぞ!」
「はあぁ~。ただでさえずっ~と一緒なのに……ここに泊まる間は別々が良かったな……」
「ははは……」
――ディコイの心の声まで聞こえてくるのは……わざとなんだろうな……。
結局、俺たち3人は同じ部屋で寝泊まりすることになったのだが……。
「はぁあ?」
「これは……」
「……嘘だよね」
案内された部屋には、キングサイズのベッドが1台しかなかったのだ……。
》》》》》
「××様、
「くそっ!久遠め……勝手に動くなと伝えておけ」
「承知しました」
「余計なマネはしてないだろうな」
「……はい」
「その間はなんだ?」
「いや……なんでもありません」
威圧的な態度で一蹴するこの人物こそ――この世界の裏ボスであると俺たち3人が知るには、まだ先のことである。
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