Ⅹ.第2の人生

 俺は以前、炎魔にどこから来たのかと問われ、遠い世界から来たと答えた。それに対して炎魔は何も聞かず、ここまで共に旅をしてくれている。


——炎魔のことだ……。あまり興味がないのかもしれない。


 そう思いつつも、俺自身のことを話したいと思ったきっかけはやはり、炎魔が大怪我をしたことが一番大きい。


 腹を割って話す機会が今後もあるとも限らず、ましてや今はすっぽんぽんだ。全てをさらけ出すなら今しかない、その一心で俺は2人に話を始めた。


「俺が炎魔と出会った頃、どこから来たのか聞かれて、俺が何て答えたか……覚えているか?」

「うん。覚えているよ。トラは……遠い世界、って言ってた」

「遠い……世界?」

「そう……。俺、本当は1回死んでるんだ」


 俺の言葉を聞いていた2人は、何を言ってるのかわからない、とでも言いたげな表情で俺の方を見ていた。そんなことは気にせず、俺は話を続けた。


 俺はこの世界に転生してきたのだということを——。



 

》》》》》


 俺はごくごく普通の家族の元に産まれ、両親の愛情を受けながらすくすくと育った。


 そんなある日のこと——。

 家族旅行をするために、俺は後部座席に設置されたチャイルドシートに座らされていた。隣には親父が座り、母は運転席に座りハンドルを握っていた。


 車が走り出して間もなくのこと――。

 ガッシャーン―—

 信号無視をした軽トラックが、直進した車に右側から衝突。

 母は即死だったそうだ。

 後部座席にいた親父が俺を庇ったおかげで、俺は無傷。親父は左腕の骨折と無数の擦り傷だけで済んだ。事故を起こした軽トラックの運転手は軽傷で済んだが、数年後に自殺をしたと新聞記事で読んだ。

 

 親父は怪我をしたにも関わらず、洋食店を休まずに営業した。


「利き手じゃねぇんだから、何の問題もねぇ!」


 と言いつつも、常連客には使用後の食器を洗うように促していた。親父の人柄もあってか、店は常に満席だった。俺も親父の手伝いをしながら料理を学び、いずれは親父と一緒に店を続けたい……そう思ってた矢先、親父は死んだ。

 

「働かざる者、食うべからず、だぞ……」


 そう言い残し、親父は母の元へと旅立った。

 

 俺は、これまで親父が休まずに営業していた店を一時的に休む選択をした。俺自身に経営の知識が足りない事がわかり、大学に通う日々が始まった。ある程度余裕が出た頃に、俺は店を再開することにした。店の再開を聞きつけた常連客が足を運ぶようになり、俺自身も忙しいながらも、楽しく過ごしていた。


 そして、俺の第1の人生は好きだったゲームで楽しんだ後、あっけなく幕を閉じた。




》》》》》


 前世の話を終えた俺は、炎魔とディコイの反応を待っていた。

 始めに口を開いたのはディコイだった。


「……なんか……夢物語みたいだねぇ」

「……ん?」 

「僕たちがいる今いる世界は、トラガにとってゲームの世界、だったんでしょ。ふははははは。普通では経験できないことをトラガは経験しちゃってるなんて……すっごいよぉ」

「あ……うん……」


 返ってきた答えがあまりにも想定外のことだったため、俺の方がポカ~ン、としてしまった。


「まぁ、なんつうか……死んじまったことは仕方ないにしても、こうやって俺様と巡り会えたことはいいことじゃねぇか!」

「炎……魔っ……うぐっ……」

「えっ?……ちょっ、なんでここで泣く?」


 俺の両目からとめどなく流れる涙を、炎魔は慌てながらも、優しく手で拭ってくれた。


「炎魔がトラガを泣かしたぁ」

「はぁ?ディコイ、てめぇ……」

「くははははは……」


 俺の過去を話しても2人の態度は相変わらずであり、その様子を見ていると笑わずにはいられなかった。


「泣いたり笑ったり、忙しい奴だなぁ!」

「……炎魔、ディコイ……ありがとう」

「おうよ!」

「トラガ……僕たちの方こそありがとうだよ」

「え?」

「ず~っと悩んでたんでしょ。いつ話すか、話すべきなのか……それをトラガは話す選択をしてくれたことにありがとうだよ」

「うん!」


 話すべきか、黙っておくべきか……。

 旅をしている中で何度も考えたことだった。話すことで関係性が壊れるかもしれない、そんな不安もあったが、話終えた後の変わらぬ2人の様子を見て、心の奥底から安心できた気がした。


「ん?……つうことは……だよ。トラは、この世界を知り尽くしている、ってことになるのか?」

「知り尽くしている、は言い過ぎかな……」

「僕よりも情報を持ってるってこと!?」

「えぇっ!そんなことないよ~」

「ぎゃはははははは」

「ふははははははは」


 こうしてバカ騒ぎをしていると、先ほど浸けていた卵が良い感じに固まっていた。


「ちょうどいい頃合いかな」

「おっ!さっきの卵!」

「これ……割ったときに、ぐしゃ~ってならない?」

「大丈夫だよ!」


 コンコンコン―—

 卵の殻を剝き、炎魔、ディコイへと渡した。


「は~む……むっ!!」

「何これ!すごくおいしい~」

「俺様、これならもっと食えるぞ!」

「食いしん坊炎魔」

「はぁん?」

「こらこら……まだいくつかあるから焦んないで」


 俺たちはこの後もしばらく秘湯でわいわい騒ぎながら過ごしていた。




》》》》》


 その一方で――

 

「××様……ご報告いたします」

「……あいつの事?」

「はい」

「間もなくウラハに到着されるかと……」

「そう……わかった」


――さぁて……どうすっかな~。


 報告を済ませ、部屋から出ていく男の背中を見つめながら、これからどうするか一人考えていた。


――お愉しみはこれからだ……。

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