Ⅸ.秘湯

 炎魔、ディコイ、俺の3人は今現在、この世界の大都市とも言われる『ウラハ』に向けて旅をしている。旅に災いはつきもので、真夜中に一度炎魔が襲われる、というような事があったが、その一件以降俺たちは襲われずにこうして旅を続けることができている。


 日々あちこちで見かける素材をかき集め、少しの怪我なら治せる薬を調合。ケモノを見かけては炎魔と俺で狩りをし、食材として重宝していた。


 そんな中、俺の弓にもある変化が見え始めた。


 一番初めに訪れた街『ハイールラ』のよろず屋で選んだ、何の変哲もない弓は、度重なる狩りのおかげともいうべきか、使用頻度が多くなるにつれ形が変わり始めた。ゲームの世界で言うなれば、レベルアップ、というワードがしっくりくるだろう。俺の体格に合わせてなのか、初期段階よりも少し小ぶりな弓ではあるものの、弦はかなり引きやすくなっていた。

 不思議なことに、弦を引く素振りをすれば、どこからともなく矢が出てくるという、なんともファンタジックなシステムだ。矢の種類もレベルが上がるごとに変化し、今ではケモノに狙いを定めると、命中するまで矢が付きまとうまでになっている。


 勿論、狙い定めて攻撃できるのはケモノと魔獣のみだ。これは炎魔で実証済みだ。




》》》》》


 こうして俺たちは各々スキルを磨き、『ウラハ』まで半日のところまで来たのだった。


【⇒ ウラハ ⇒】

【⇐ 秘 湯 ⇐】


 分かれ道へと差し掛かった時、2つの看板が目に入ってきた。

 炎魔は看板までいち早く向かい、ディコイと俺の方を振り返り、何か言いたげそうな表情で口を開こうとしていた。


「行くなら右だから」


 炎魔よりも先に声を出したのはディコイだった。


「ぐぬぬぬぬぬ……俺様よりも先に言うなんて!」

「炎魔はきっと左、って言おうとしたんだろうけど、残念でしたぁ」

「……ディコイめ……なな、トラならどっちを選ぶ?もちろん、秘湯、だよね!」

「もともと目指していたウラハに行くに決まってるじゃん!」


 2人に詰め寄られ、俺は後ずさりしながら考えていた。


――右に進めばウラハに着く、左に進めば秘湯……かぁ。前世でも秘湯にはお世話になったけどなぁ……ゲームの世界を味わうなら……。


「俺は……みんなで秘湯に行きたい……かな」

「ほぅら俺様と一緒~さすがは俺様の相棒だぜ!」

「信じらんない!」

「ディコイ……ウラハにはもうすぐ着くんだし、ここはちょっと寄り道してもいいんじゃないかな……なんかその……秘湯……行ってみたい」

「はあぁぁぁ。……確かに秘湯は魅力だけど……」

「よぉし!決~まりっ!秘湯に向けてレッツゴ~」

「……なんかごめんね」

「トラガは謝る必要ないよ。時には寄り道も大事……ってね。ほら、お調子者の炎魔に置いて行かれちゃうよぉ」

「ちょっ、待って!」


 これまでにも寄り道をしているような感じだったが、寄り道というよりも、これまでは回り道の方が言葉としてはしっくりくるような気がする……。


 炎魔とディコイの後を小走りで追いかけ、俺たちは秘湯へ向け、少しばかり寄り道をすることにした。


『秘湯』——この世界にいくつか点在する秘湯には、湯に浸かることで攻撃力アップや防御力アップ、というようなご利益があるため、冒険者にとっては有難い場所だ。またダメージを受けた身体には回復効果もあり、旅先で知っておくべき場所ランキング上位に君臨だけの価値はある。


 道なりにしばらく歩くと、目の前には白く濁った秘湯が見えてきた。


「うおぉぉぉぉっ!これが……秘湯!」

「なんだろ、この香り……」

「癒しの香り、って感じだねぇ。いい香りぃ」


 秘湯の近くには更衣室も完備されており、俺たちは湯に浸かる準備を始めた。

 

 ザッ、バーン―—

 3人同時に浸かったせいか、おもいっきりお湯が溢れ出した。


「ふぅ~気持ちい~」

「いつぶりかなぁ……こうしてゆっくりと湯に浸かれたのは……」

「疲れた身体にしみるぅ」

「おっかしいなぁ……ここにはおじいちゃんがいるのか?」

「誰がおじいちゃんなんだよ!」

「ぎゃははははは」


 これまでの旅の疲れが一気に癒されるような気がした。

 俺はゴソゴソと鞄の中から、鳥の巣で頂戴した卵を手に取り、桶に汲んだ湯にちゃぽんと浮かべた。


「お?トラ、それ何してんの?」

「これはね、温泉卵を作ってんの」

「おんせんたまご?なぁにそれ」


――そっか……2人には馴染みない食べ物だったか……。


「こうして温泉に卵を浸けてしばらく待つと、普段とは少し味が違う、香り豊かなゆで卵ができるんだよ」

「へぇ~」

「僕、そんなこと初めて聞いたよ」


――普段は食べないですもんね……。まぁ、そろそろ言ってもいい頃かもな……。今、こうしてリラックスしている時に聞いてもらわないと……。


 俺は意を決して炎魔とディコイの方へと向き直った。


「……2人に話しておきたいことがある」


 いつになく真剣な表情をしていた俺から、2人も何かを悟ったように真剣な表情で俺が話すのを静かに待っていてくれてるような気がした。



 聞いて欲しい、俺の過去を——。




 





 




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