Ⅷ.ディコイの秘密

 俺はすぐさま火をおこし、状況を確認しようと必死だった。


――この暗闇の中、一体何が起きたんだ……。2人は無事なのか……。俺がもっと早くに2人を起こしておけば……待てよ……そもそも、起こす必要があったのか……。けど、俺だけでは対処できなかったではないか!


 焦っているせいなのか、なかなか火が点かない……。


「くそっ!」

「トラ……俺たちなら……大丈夫だから……焦んな」


 弱々しい炎魔の声が聞こえてきた。


「ふぅ……」


 一息吐き、呼吸を整えてからもう一度火を熾すと、思いの外すんなりと点いた。

 俺はテントを張っていた方を振り返った。

 そこには、息を荒げ、しかめっ面をしている炎魔の姿があった。


「炎魔っ!……お、お前……」


 炎魔の姿を見た俺の目には、涙が滲み始めていた。 


「トラ……はぁ……なんで……泣きそうな、顔してんだ?はぁ……俺……はぁ、大丈夫……っつてんだろ」

「けど……その怪我……」


 炎魔の左足には、何かに噛みつかれたような大きな穴が数ヶ所空いていた。空いた穴からは……ドバドバとけたたましい量の血が流れ出ていた。


「早く……血を止めないとっ!……いや……その前に綺麗な水で洗い流さないと……その傷口からバイ菌が入って足が腐るかしれない……ちょっと待ってて!」


 俺が近くの川まで走ろうとしていると、先ほどまでは近くにいなかったはずのディコイが息をきらしながら俺たちの方へと向かって来た。

 その手には、たっぷりの水が入った携帯用ウォータータンクを抱えていた。


「水……汲んできたよ」

「……っ!ディコイ、ありがとう」


 ディコイと俺は、怪我をしている炎魔の手当てを始めることにした。


「炎魔、今から水をかけるよ」

「結構痛いと思うけど、耐えてね」

「……おぅ」


 痛みのせいなのか、流血しているせいなのか、いつも以上に炎魔の声は弱々しかった。


――このまま出血し続ければ……最悪の場合……っ。俺は一体何を考えているんだ!きっと大丈夫だ!今持ってる傷に効く薬を飲めば、少しは回復する……。気休めでしかない薬が、果たしてこの傷に効くのか?


 頭の中がぐちゃぐちゃになりそうになりながらも、俺は必死に考えた。どうすれば炎魔の傷を癒せるのか……。治癒師が常駐して場所まではまだまだ距離がある。かといって、炎魔を抱えながら得体の知れないヤツがいる道中はリスクが高い。


「くそっ!どうすればっ……」


 ウォータータンクいっぱいの水を、炎魔の傷口に流し終えたディコイがその場で立ち上がり、両手を炎魔の左足にかざした。すると、ディコイの手からキラキラと光輝く霧が放たれ、そのまま炎魔の左足へと舞い降りた。


「なんだっ……?すっげぇ温っかい」


 霧がかかった左足の傷は、ゆっくりではあるものの治り始めていた。霧が消える頃になると、炎魔の左足は元通りになっていた。


「……まさか……これって……治癒能力ヒーリング?」

「……ふぅ……そうだよ……けど、やっぱ疲れるなぁ」

「ってか、ディコイ!ありがとうな!本当にありがとう!……もう俺様の足、治らないと思ってたよぉ。痛みもないし、普通に動かせる……2人はここでお別れかと……うぅぅ」


 急に泣き出す炎魔を見て、ディコイと俺は顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。


「男が泣くなよ~」

「そうだよ。不細工が更に不細工になってるよぉ」

「くははは、誰が不細工だって……」


 泣きながら笑う炎魔を見て、俺自身もほっとしていた。例えこの世界がゲームの世界だとしても、何かに襲われて怪我をすることだってある。


――というか……前世で生きていた世界の方が安全な気がしてきた……。


 ひとまず安心した俺は、ディコイに疑問をぶつけてみることにした。


「ディコイ……さっきの……」

治癒能力ヒーリングのこと?」

「う、うん……」

「……というか、誰にでも能力はあると思うんだけど……炎魔は『炎』を操れる能力、僕は『治癒ヒール』……トラガは?何か持ってるんじゃないの?」


――ん?この世界の住民は皆何かしら能力があるのか?初めて聞いたぞ……。


 俺は首をかしげながら前世の記憶を辿った。


――ゲームをプレイしているとき……俺のキャラに何か能力はあったのか……。覚えていない……というか、そんな付与能力は存在しないが……。


「……考えてみたけど、俺には何もない……と思う」

「……えっ?」

「……嘘だぁ」

「いや、本当に何もないんだって!むしろ、あるんだったら俺が知りたいよ!」

「まぁ……一応調べられると思うけど……」

「まじか!?どうやって?」

「う~んとね、知るためには……ウラハに、占い師に会う必要があるんだぁ」

「ん?……?」

「鋭いねぇ……正直、僕もはっきりと言えないんだぁ」

「情報屋なのにか?」

「炎魔は黙ってて!」

「……うす」

「占い師って事は間違いないんだけど、何しか転々と拠点を変えて生活されてるんだよねぇ……だから足取りが掴めないの」


 この世界の情報を知り尽くしているであろうディコイですら、足取りを掴めないなんて……。俺はまだまだ知らないことだらけだな、と思いつつも、自分自身に隠されている能力が何なのか知る術はないのか考えてもみたが、考えるだけ時間の無駄だと思い俺は諦めた。


――そのうちわかるかもしれないからな!今は深く考え過ぎないでおこう!


「2人には言っとくけど、この治癒能力ヒーリング、使うって言っても、ちょっとした怪我とかには使わないからね!さっきみたいな大怪我じゃないと使わないんだから!」

「あ~あれだろ?その力を使うことで、ディコイの体力も削られちまうんだよな……」

「そうだよ!だから、極力襲われないようにして!」

「少しでも早くに回復できるよう薬も多めに作らないとね!陽が昇ったら出発だ!」


 明け方のうす暗い中、俺たち3人は呑気にも拳を空へと掲げたのだった。




》》》》》


 この時の俺たちは炎魔の足の傷が治ったことで舞い上がり、襲いかかってきた正体を突き詰めようとはしなかった……。


「あいつら……今に見てろよ。しっししししし」


 黒魔獣の頭を撫でながら、薄気味悪い笑みを浮かべた人影はぼそりと呟き、3人を背にその場を後にした。







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