Ⅶ.魔獣との遭遇
地図上での見る距離と、実際に歩く距離ではこんなにも違いがあるのか、というくらい目的地までは程遠いように思えた。
途中で素材を見つけては収穫し、ケモノを見つけては俺の弓で射ぬいたり、炎魔の金棒で仕留めたりしながら過ごしてはいるが……。ついつい気になってしまうディコイの行動。
ディコイも何かしらできるのではないかと思いつつも、俺たちが狩りをしている間は木陰で休んでいる姿しか見なかった。
「なぁっ!ディコイはなんかできね~の?」
しびれを切らした炎魔が木陰で休むディコイに詰め寄った。
「何かって何?」
「質問に質問で返すんかいっ!」
「僕にできることなんて限られてるよ。専門分野は情報集め。狩りは君たちに任せる、って決めてるんだぁ」
「こいつっ~!」
「まぁまぁまぁ。2人とも落ち着いて」
俺はいつものように仲裁に入っていた。
そんなある日の事――。
いつものように炎魔と俺は、狩りと収穫に専念していた。
ディコイは大きな木の下でいつものようにくつろいでいた……はずだった。
「今日も大量だなぁ」
「確かに……俺たちには十分過ぎる量だね」
「確か……もう少し先に行けば釜戸があったはずだから、いつものように料理した後……」
バラバラバラ――
あろうことか、炎魔は手に抱えていたケモノ肉と素材を地面に落とした。
「ちょっ!炎魔っ!何落としてんの?」
「ディ、ディ、ディコイが……いないっ!」
「……いない、って……あそこの木の下で休ん……で……?」
炎魔の思いもしない発言に戸惑いながらも、俺自身の目で確認しようと思い、ディコイが「僕はここで待ってるねぇ」と言い、別れた大きな木の下を見た。
そこには、いるはずのディコイがいなかった。
いつものディコイなら、俺たちが戻るまで木陰でのんびりしているはずなのに、今は姿が見当たらない。
「待って!トラっ!今まで集めた素材の数が……減ってる!」
「なぬっ!なんでっ!?」
ディコイには荷物番もお願いしていた。その数が明らかに減っている……。
俺の頭の中では、想像したくない事が過っていた。
――まさか……、俺たちを見限った……のか!?……そんなことはしないはずだ。これまで一緒に旅してきた仲なんだぞ……この期に及んで、そんなことするか?
頭を左右にブンブンと振り、善からぬ考えを振り払った。
「ディコイっ!あいつ、まさか……!」
「炎魔!その考えはよそう。まずは状況を確認しないと……」
俺よりも頭に血が上りそうになっている炎魔を見ていると、不思議と俺自身が冷静になれてる気がした。
――きっと炎魔も俺も同じ事を考えているに違いない……でも、それは同時に考えたくもない事だ。まずはこの状況を整理しないと。
木の下には小さなテーブルと上には飲みかけの珈琲が入ったマグカップ、いつも読んでいる本にはしおりが挟まれ折り畳み椅子の上に置かれている。
「炎魔、ディコイ……どっか散歩にでも行ってるんじゃないか?」
「なんでそんなことがわかるんだよっ!」
「だってほら。珈琲だって飲みかけだし、いつも読んでる本も置きっぱなしだよ……」
「じゃ、じゃあ、少なくなってる荷物はどう説明してくれるんだ?」
「そ、それは……」
俺が返答に困っていると、後方から声が聞こえて来た。
「お~い!炎魔ぁ~、トラガぁ~」
聞き覚えのある声に、炎魔と俺は勢いよく振り返った。そこには、普段と変わりなく
「ディコイっっっ!!」
炎魔がディコイに詰め寄ろうとしていたため、俺は後ろから羽交い絞めにして止めようと必死だった。
「炎魔っ!落ち着いて!」
「えっ?……なんでそんな鬼の形相をしているの?」
「お前っ!いつもはのんきに寛いでるくせに、今日に限ってなんでいねぇんだよ!」
「……なんかすごい言われよう……」
「ディ、ディコイ……俺たち、ってか炎魔に説明して!意外とこいつ、力が強くて……俺が抑えきれない……かも」
「おっと、それは困っちゃう~」
ディコイからは全く困っている様子が伺えないが、俺は彼を信じて話を聞いてみることにした。
「僕はね、今しがた商いをしてきたんだぁ。ほら見て!こんなに稼げたよぉ」
「……商いだと?どこにも店はないじゃないか!」
「……もしかして……移動商人?」
「そうそう!」
世界各地を移動しながら様々な物資を扱っているのが移動商人。人数は不明であるが、あちこちで出会うことが可能なため、冒険者には有難~い方々だ。
「んで、その商人には何を売ったんだ?」
「そりゃあ勿論、ケモノ肉とか素材として集めた草花だよぉ。全部売ったわけじゃないから安心してね。……はい、これお金」
ジャリン――
ディコイはお金が入って膨らんでいる袋を炎魔に手渡した。
「うおっ!結構入ってるんじゃない?」
「いい感じで売れたからねぇ」
「すごい!こんなに稼いでたの!?」
「これだけあればウラハで宿に泊まれるねぇ」
――ディコイ……疑ってごめんな!
俺は心の中で謝りながら炎魔が落としたケモノ肉と素材を拾い、機嫌が直った炎魔とディコイのじゃれ合いを見ていた。
》》》》》
その日の夜——。
俺たちはいつものように交代で仮眠をとり、周囲を警戒していた。
「ディコイ、……次、寝ていいよ。ふあぁ~」
「トラガ、大っきな欠伸だねぇ。ふあぁ~……ほらうつった」
「仕方ないだろ。……ゆっくり休んで」
「うん。そうさせてもらう」
ディコイがテントの中に入ったのを見届けた後、俺はまだ真っ暗な草原を見つめていた。
――未だに信じられないなぁ……。あの炎魔と旅ができるなんて……。夢みたいだ。
そんなことを考えていた矢先——。
ガサガサ――
風で揺れる音とは明らかに違う音が聞こえてきた。
ガサッガサッ――
だんだんと近づいてくる音に耳を澄ませ、目を凝らすも、辺りは漆黒の闇……。何も視えない恐怖からか、俺の額には汗をかいていた。
――2人を起こすか!?けど……単なるケモノかもしれない……
ガサッ、ドドド、ガサ、ドドド―—
次第に足音らしき音も聞こえてきた。それも人やケモノというような音よりも大きな音……。
「炎魔っ!ディコイっ!今すぐ起きろっ!」
「にゃっ!、何事っ!?」
「説明は後だ!今すぐここから離れるぞ!」
「わかった。僕がテントとか荷物を……」
ディコイがテントから飛び出てきた時だった――。
「ガルルッ!ガルッ!!」
「危ないっ!……っく」
「炎魔っっ!!」
暗闇の中、何かが走り去る音だけが響いていた。
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