第1話 召喚勇者は従わない

 神様などきっと存在しないのだろう。

 いたとしても所詮は力不足で、万人を助けることなんてきっとできやしない。

 命出拾めいでひろは気怠げな足取りで粉雪舞う小道をゆっくりと進む。

 手の袋にはエナジードリンク、耳にはヘッドホンをつけている。

 もう片方の手には、コンビニで買ったホットコーヒーが握られていた。

「はぁ、思い出すのは嫌なことばかりか……いや、今の自分がそれくらい暇だからかな?」

 白いため息が宙を漂って消えていく。

 どうにもやらせない気分になり、コーヒーを開けて、ゴクッと一飲み。

「ゲームのBGMをかけてもあんまし変わんないな……」

 もう一度大きなため息を吐いてから、ヘッドホンを首にかける。

 そうこうしているうちに、灯りの消えた自宅に着いた。

 時刻は午前一時を過ぎたところということもあるが、無言でドアを開けて、思い足取りで階段を登る。

 自室に入ってヘッドホンをかけ直して、コントローラーを握った。

 真っ暗な部屋の中で煌々と光るモニターを見ながら、無心でカチカチとボタンを押す。

「本当にこの中だけは信用できる。やっぱりゲームは最高だぜ!」

 謎にテンションが上がりながら、今日のミッションを進めていった。

 ゲームの中だけは、自分のレベルに合った結果しか出ない。

 だからこそ安心して、その身を投じれる。

 だからゲームはやめられない。

「まぁ、今日はこのくらいでいいでしょ」

 一通りやることが終わるとさすがにねむくなってきた。

 電源を落として、コントローラーを置いた。

 モニターの明かりも消えて、静寂な暗闇が訪れた。

「今日も楽しかったわぁ」

 愛用の椅子にもたれかかる、気を抜くとこのまま寝てしまいそうだ。

 そんな時、普通に学校に行って、自由気ままに青春を謳歌する自分が、頭をよぎった。

「結局俺は、ゲームにも縛られてるのかねぇ……ただ目の前にある選択肢で楽な方を取ってるだけ……」

 そう思えば思うほど憂鬱になってくる。

 かと言って今から学校に行き始めるのも、釈然としない。

「考えても今の俺に答えは出せないな……音楽でも聞いて寝よう」

 ヘッドホンをスマホに接続し直して、曲を探していたその時。

『条件、全テ満タス。相互ノ座標、空間共ニ問題ナシ。転移タイミング、予測完了。30秒後ニ転移シマス』

 機械音声のような声でそう聞こえた。

「なんだ今の声!?」

 思わずヘッドホンを外す。

 様々な考えが頭を駆け巡る。

 ――転移? 何を転移するんだ? ヘッドホン? でもそんな技術現代にはない……

 そこであることが思い浮かんだ。

「異世界……」

 現実的にありはしない事柄。

 なぜその考えが浮かんだかと言われれば、それは普段からゲームばかりしているからである。

「そんなことあるわけないか……どうせなんかのゲーム音声だろう」

 自分の馬鹿馬鹿しい考えにヘッドホンを放り投げる。

 そのヘッドホンが弾むと同時に、ヘッドホンからではなく、頭の中で声は響いた。

『転移実行』

 途端に意識が遠のいて行く。

「おぉ……マジ……か……」

 そうして拾は、跡形もなく姿を消し、残ったのは静寂に包まれた暗闇だけとなった。




 気付いた時、そこは、洋風の装飾に包まれた屋内であった。

 突如として変わった風景に目をしかめながらも、周りを見渡してみる。

 目の前には玉座があり、その前に王様らしき人物。

 それを守るかのように、中世の世界史で出てくるような甲冑の兵士。

 そして、この空間には似つかない現代風の服装の男女四人。

 少なくとも、さっきいた空間とは全く違う所に来たようだ。

『転移完了。コレヨリ能力ヲ付与シマス』

 さっきの声がそう言った瞬間。

 目の前に液晶モニターのような板が現れた。

「なんだこれ!?」

 周りも驚いているようで少し騒いでいる。

 チラッとそちらを見てみたが、自分に出ているようなモニターは出ていない。

 ――自分にしか見えないのか、本格的に別世界に来たみたいだな。

 ここで王様(仮)が口を開く。

「諸君! この世界まで遥々ようこそ来てくれた! 私はこの国の王、プリテランス・ダライガである!」

 煌びやかに装飾された手をこちらへ向けて、とても大袈裟な口調で自己紹介をした。

 そして、ここが完全に別世界であることと、王様(仮)が本当に王様であることが確定してしまった。

「今、其方たちの前にあるのは、其方たちがここにくるまでに獲得した能力を表している! それを確認して、一人ずつ我に教えて欲しい!」

 改めて自分のモニターに目を向ける。

 能力:再現者リアルクリエイター

 能力の所有者が想像したものを、元とする物質を媒介しょくばいとし、再現する。

 該当する物質は、物理的に形をとっているものであれば、大きさ、密度、関係なく再現の元とできる。

 ――ワーオ、いきなりすごいのもらったわ。

 本格的に異世界RPGが始まりそうである。

「俺の名前は金剛正輝こんごうまさき、能力は人体加工フィジカルコーティングってやつらしいぜ! 試しに何かやってみるか」

 そう言って正輝と名乗る男は自分の能力を使い始めた。

「こりゃすげぇ! バスケしてる時よりも体が軽い!」

 どうやら、身体能力を上げたり、腕や足などの体の部位に鎧や武装を纏うことができるらしい。

「わた、私の名前は氷川零華ひかわれいか、の、能力は血の吹雪ブラッティブリザード、って言うらしいです……」

 ――オッフ、見た目臆病そうなのに、殺意増し増しな能力そうだな。

「使い方は、しょ、正直よくわかんないです……」

「よいよい、やっていくうちにわかっていくというものだ」

 プリテランスは、にこやかに答えた。

 そして、そのまま次のものへと目を向ける。

 自分の番かと言わんばかりに眼鏡をあげて、真面目そうな青年が口を開いた。

「僕の能力は、分析模倣イミテーター、見た対象の持つ技術、知識、身体能力、その相手が起こした事象を全て把握して、それを理解、模倣できるというものです。ただし、他人の能力は模倣できないみたいですね。名前は……さとるとでも呼んでください」

 今まで聞いた中で一番強そうな能力だ。

「これはすごい能力じゃ! 今後の活躍に期待じゃな!」

 王様の反応が今までで一番いい。

 なんてわかりやすい人なんだろうか。

 しかし、ここまでの能力を見ていると、なんとなくではあるが、使用者の見た目や性格に似通っているのかとも思う。

 となると次の、チアガール姿の少女が気になってくる。

 それは周りも同じようで、みんなしてチアガールに目を向けている。

 その視線に少しモジモジしながら、チアガールは恥ずかしそうに口を開いた。

「あたしの能力は、幸運の星ラックスター、周りの人の気持ちとか、身体能力とかを上げれるみたい? とか稀に幸運ことが起こる? とかなんとか書いてあるけど。その辺りは良くわからないや。あっ! 名前は応食幸恵おうしょくさちえ!」

 どうやら見た目だけでなく能力もそこそこ尖っているようだ。

 ――アラマァ、仲間の強化だけじゃなく、ランダムで発動するものもあるなんてな。

「これはこれは、其方たちの世界ではどうかわからんが、この世界には魔法というものがある。もしかすると、その魔法にも効果を付与できるやもしれんなぁ」

「なるほど、こうか……」

 プリテランス王が言い終わるや否や、悟が手から炎を出した。

「なんと!」

「すまない。能力を試したかっただけだ」

 そういうと悟るは、手を握り炎を消した。

 どうやら悟はこの世界の魔法すらも模倣できるようだ。

「これであれば魔王軍を早々に撤退させることができるやもしれぬ。この国は以前召喚した勇者の裏切りにより、元々この南にいた他の勇者を殺害。そのまま魔王軍に寝返って、南部城壁まで進行してきている。城壁外にあった村々も全壊してしまった」

 遠い目をして語るプリテランス王は、少し歯を食いしばった。

 普通ならこのまま異世界王道の選択をして、魔王を倒しに行くのだろうが、王道を行くのなんて正直つまらない。

 それに、勝手に呼び出されて、重荷を背負わされるのは勘弁だ。

 どうせなら気ままに、自分らしく行動しよう。

「俺は拾、能力は身体変換ボディリクリエイト、自分の体のほんの少しの欠片からでも、自分が想像したものを作り出す能力だ。ただし、限界はあるみたいだけどな」

 それから拾は、プリテランス王の方を鋭く睨む。

「悪いが俺はその要求を拒否させてもらう」

 その言葉に一同、目を丸くしてこちらを見る。

「どうしてだ? もう魔王軍はあと少しのところまで、攻めてきておる」

「王様、逆に聞こうか。あんたらの都合で無理やり呼び出された俺たちが、いきなり命をかけて戦って欲しいと言われた。その要求をどうして受け入れなきゃいけない?」

「それは、其方たちが能力を持った強者で、我々はそれを持たない……」

「それもあんたらの都合だろ。平穏な生活を奪って、勝手に能力を付与して、都合よく使う。あんたらだって魔法は使えるんだろ? なら自分たちで努力して立ち向かうべきだ」

 その言葉に場は凍りついた。

「其方の言うことももっともだ。好きにするが良い。ただし、こちらからの援助は何もしない。よいな?」

 しばらくの沈黙のあとプリテランス王がそう言った。

「別に構わないさ。好きにさせてもらう」

 拾はきびすを返して広場から出ていく。

 その場の全員が、その後ろ姿を見送ることしかできなかった。

 そのまま、なんとか王城の正門を見つけ、南方へと向かう。

「さーてと、どうしますかねぇ」

 豪語したものの、何も考えずに出てきてしまった。

「でもまぁ、なんとかなるか」

 自分の髪を一本抜いて、一枚の金貨に変えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る