召喚勇者は前を向く

和道 進

プロローグ

 この世には、異世界というものが少なからず存在すると言われている。

 それは、馬鹿げている、空想だと、世間では言われている。

 その理由は、存在することを証明することができないからだ。

 しかし、存在しないということもまた、いまだに証明することができていないのである。

 可能性がゼロでない限り、異世界は存在すると言えるのだ。

 その異世界との交わりは唐突に、そして、誰にでも起こりうる。

 しかしまぁ、それが自分になるとは、思いもしなかった。




「まさか……君もこっちに来ていたなんてな……」

 目の前のボロボロになった、一人の大切な女の子を両腕で支える。

「ごめんね……また君の……こと……信じれなかった……」

 涙をこぼすその目は、悲しみと後悔に満ちているように見える。

「いいんだ。こうしてまた会えた。それだけでも俺はすごく嬉しい」

 そう言って彼女も体をそっと抱きしめる。

「むしろ今回も君を救えなかった!」

「また……背負わせちゃうね……」

 弱々しい動作で彼女も抱きしめてきた。

「大丈夫……背負うわけじゃ……ない! 確かに、君のことは……ずっと忘れない……でもそれは、決して重荷なんかじゃない!」

 彼女の頭を抱えて顔を合わせる。

「でも……いっぱい無駄にしちゃった。今も昔も……君と過ごした時間も……君の思いも……君に嘘をついて……君のせいにして……君を傷つけて……私は……私はどうしようもない人間だよ」

 彼女は堪え切らないものを吐くかのように、とても、とても悔しそうに言った。

「それは違う! 昔君と会ったことも! こっちの世界で過ごした時間も! 今こうしていることも! 全部嘘じゃない! 君と過ごした大切な思い出だ! それは、俺がこれから先、生きて行く。前に向かって進ための希望だ!」

 彼女の頬に大粒の涙がいくつもあたる。

「それに、こうしてまた会えたんだ。必ずまた会える! 必ずだ!」

 震える笑顔でそう言った。

 その言葉に彼女は手を彼の頬に添える。

「ありがとう。私と会ってくれて、私を救ってくれて。愛してくれて、ありがとう……」

 そのまま彼女は、今後、彼の心に一生残るキスをした。

「俺も……俺も……」

 言葉に詰まりながら必死に口を開く。

「俺も! ……! たくさん! ありがとう!」

 心からを叫びを彼女に送る。

 彼女の表情が段々と穏やかに、そして幸せに満ちた笑顔になっていく。

 まぶたもゆっくり閉じていき、体の力も抜けてくるのが彼にはわかった。

 彼女は最後の力で口を開いて。

「また……ね!」

 と一言。

「ああ、また……」

 その一言に、彼は優しく応えた。

 そのまま彼女は目を閉じて、彼のほおを添えていた手を地面に落とした。

 彼は口を結んで彼女をそっと床に下ろした。

「本当にいいタイミングだったなぁ!! ハハッ! どうだぁ!? 目の前で大切なものを踏み躙られた気分はよぉ!」

 彼は涙を拭い、中指を立てて応えた。

「だまれ! くたばれ! 灰になれ! この腐れ外道! こんなことで折れると思ったかぁ!? 甘いんだよ!」

 彼は構えて、目の前の敵へ、来るべき未来へ走り出した。

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