第2話 不思議な生き物

 僕はシャインの家の前にやって来た。するとシャインのパパと遭遇した。


「あ、アッシュくん。おはよう」


「おはようございます。シャインのパパさんは今日も魔道具の研究所に行くんですか?」


「ああ、そうだよ。でも、その前にアッシュくんのお父さんが作るパンを買いに行くところだ。あ、そうそう。アッシュくんが付けている不思議な生き物の観察日記をまた見せてくれるかい?」


「はいっ! もちろんです!」


 僕はシャインのパパさんと一緒に家の前に移動した。戻って来て気づいたがシャインにメロンパンを届けることをすっかりと忘れていた。でも仕方ないじゃないか。なんせ観察日記が見たいと言われてしまったのだ。二階の部屋に向って走り、紙に穴を空けて束に出来るようにした観察日記を机の上から持ちあげ、一階に戻る。


 シャインのパパさんはお店の中に入り、出来たてほやほやのパンを銅貨六枚で三個買っていた。


「シャインのパパさん、持ってきました!」


 僕は自慢の観察日記を堂々と見せる。筆記用具を買ってもらった時からずっと使っていて、不思議な生き物を少しずつひっそりと観察して書き溜めてきた品だ。


「こらこらアッシュ。ライトを困らせちゃ駄目だぞ」


 パパは僕の頭に大きな手を置き、後方に下げてくる。僕の体はパパの右腕になすすべなく後方にずり下げられた。抵抗しようものなら首がもげてしまうかもしれないので、一度下がってから力が抜けた後にもう一度前に出る。


「いや、キード。私の方から見せてほしいとお願いしたんだ。アッシュくんの観察眼はとても優れているから、大人の私でも気づかないような内容が書かれていたりしてとても面白いんだよ」


 シャインのパパさんは僕の観察日記を手に取り、パラパラとめくっていた。にこにこと笑いながら一枚一枚しっかりと見てくれているので、僕の頑張りが認められたような……、褒められているかのような……、なにを言われるか胸の内がドキドキしながら反応を待つ。この時間が戦いよりも楽しいと感じてしまう。


「不思議な生き物にスライムと名付けるなんて変わっているだろ……」


 パパは苦笑いを浮かべ、シャインのパパさんに訊いた。


「いや、私はスライムと言う名前が好きだよ。不思議な生き物は個々の名前がしっかりと決まっていないし、好きに言っていいじゃないか。水球体とか、水玉とか、そんな名前より私はアッシュくんが考えた名前の方が好きだ。スライムって、言葉が可愛いじゃないか」


 シャインのパパさんは僕がつけた名前を可愛いと言ってくれた。それだけでまたいろんな名前を付けたくなる。スライムはするするすらすら~と転がって、ぷにぃぷにぃむにむにしている姿が特徴の不思議な生き物だったので、つけた名前だ。


「へぇー、スライムは食べ物によって色が変わるんだね。でも、本体の色は変わらない……。アッシュくん、どうしてそんなことがわかったんだい?」


 シャインのパパさんは僕に質問してきた。


「スライムが水に入ったらどこにいるか、わからなくなったんですよ! 体の色が変わっているのなら、水に入ってもどこにいるかわかるはずです。だから見え方が変わるだけで本体の色は変わってないんじゃないかって思ったんです!」


「なるほど……面白い。アッシュくんは不思議な生き物が本当に好きだね」


「はいっ、大好きです! 僕、不思議な生き物とお友達になるのが夢なんです!」


「はははははっ! 不思議な生き物と友達になるなんて、バカげたこと言って。アッシュは昔のパパみたいな強い冒険者になったらどうだ!」


 パパは大笑いしながら、僕の頭をガシガシと撫でてきた。髪の毛が数本抜けてしまい、結構痛い。


「もう、キード。子供の夢は大切にした方がいいよ。たとえ物凄く難しい夢でも、叶えてしまうかもしれないじゃないか」


「いやいや、不思議な生き物と友達になるとか、どう考えても無理だろ。出来たら、パンを咥えながら裸で逆立ちして村の中を一周しようじゃないか」


「はぁ、知りませんよ……」


 シャインのパパさんは僕に観察日記を返してきた。


「アッシュくん、夢は叶うか叶わないかわからないから夢なんだ。諦めたら絶対にかなわない。まあ、諦めてしまったほうが楽な夢もあるけれど……」


「安心してください! 僕は絶対にあきらめません! いつか必ず不思議な生き物と友達になってみせます!」


 僕は観察日記を掲げ、堂々と宣言した。夢を叶えられる確信は全くなかったが諦める気はさらさらなかった。と言うか、不思議な生き物の観察があまりにも楽しすぎて、止められる気がしない。


「じゃあ、アッシュくん。もし本当に不思議な生き物とお友達になれたら、私にも教えてほしい。約束だよ」


「はいっ! 約束します!」


 僕はシャインのパパさんと小指を引っ掻け、男同士の約束をした。


「おーい、ライトさんや、後ろがつっかえてるぞ」


 他のお客さんが声をあげた。仕事前なので人が多く、後方に列が続いている。


「あ、すみません。じゃあ、アッシュくん。またね」


 シャインのパパさんは手を軽く振ってくる。


「はい! ありがとうございました! 僕にもまた論文を見せてください!」


 僕は頭を深々と下げた。僕の観察日記を見てくれるのは家族とシャインのパパさんくらいなので本当にうれしかった。


「ほんとアッシュくんは五歳児なのかな? まあ、なにか面白い論文があったら持ってくるよ」


 シャインのパパさんは並んでいたお客さんに頭を下げながらお店を出ていく。


 僕はお客さんのパンを紙袋に入れるお手伝いをした後、シャインにメロンパンを渡していないことをもう一度思い出し、彼女の家に行った。

 シャインは紙袋からメロンパンを取り出して一瞬で食べると紙袋を付き着けてくる。「ゴミは持って帰れ」とのことだ。

 僕はその紙袋に透明な魔石を詰め込み、部屋に戻って観察日記と鉛筆を鞄の中に入れる。鞄を背負い、パパとママの目を盗んで赤色の魔石をポケットに数個突っ込んだ。余っていたパンも鞄(バック)に忍ばせる。その後、マッサラ村のすぐ近くにある『始まりの森』に走った。茂みに隠れて不思議な生き物を探すのだ。


 ◇◇◇◇


 涼しい風が吹き、本当にこの場所から世界が始まったのではないかと思ってしまうほど健やかな『始まりの森』の入口を通り、シャインのパパさんに褒められて良い気分のまま、スライムをいつも観察している水辺にやって来た。


「ポヨ……。ポヨ……」


 水の球みたいな不思議な生き物が茂みの奥にある水辺にいた。よく見る薄緑色の個体だが本当は水色をしている。僕がかってにスライムと呼んでいる不思議な生き物だ。


「ああ……、触りたいな……」


 僕は茂みの中からスライムを見ていた。

 スライムはプルプルと震え、飛び跳ねる。地面にパチュンとぶつかると水の球がぶよぶよ動いて大きなプリンのようで面白い。

 鞄から鉛筆と観察日記を取り出し、スライムを模写する。


 僕は毎日毎日『始まりの森』に来て不思議な生き物を観察していた。

 不思議な生き物はこちらから何もしなければ襲ってくることはほとんどない。でも気性が荒い個体は人を襲うこともある。そんな悪い個体を倒すのが冒険者なんて言われている。

 僕のパパも昔は冒険者だったらしい。だから、僕にも冒険者になってほしいみたいだけど、なる気はない。


「僕は不思議な生き物の研究者になるんだ……。それでそれで、いつか、必ず友達になるんだ!」


 僕は勢い余って茂みの中で夢を叫んでしまった。すると……。


「ポヨヨッ!」


 スライムは大きな音に驚き、小さな体とは思えないほど高く飛び跳ねた。


「ポヨヨッ!」


 同じように大きな音に反応したのか、茂みから別のスライムが高く飛び跳ねる。


「!」


 僕の視界の先でスライムとスライムがぶつかり合い、片方のスライムが跳ね飛ばされて木の幹に衝突した。するとガラスが割れたような快音が響いた。


「あ、スライムがスライムを倒した……。こんなところ、始めて見たぞ……」


 僕は目新しい状況だと察し、茂みの中で息を殺してスライムの観察を続けた。

 木に激突したスライムの体の中にある魔石が割れ、光の粒になって消え……なかった。


「え……。う、嘘……」


 倒された不思議な生き物は光の粒になって消える。魔石が壊れていなければ魔石が残ると言うのが普通だ。それなのに、今回なにが起こったかと言うと、光の粒がもう一方の個体に移動した。倒されたスライムの体が吸い込まれたのだ。


「え……。ど、どういうことだ……。不思議な生き物が不思議な生き物を倒したら光の粒が勝ったほうに移動したぞ……。まるで魔力みたいじゃないか」


 魔石や僕達の体の中に魔力と呼ばれる不思議な力がある。未だにこの不思議な力が何なのか誰も解明できていない。でも、魔力が何かはわからなくても使い方は大方わかっていた。パパは赤色の魔石を使ってパンを焼いてるし、体の中にある魔力を使えばシャインみたいに魔法が使える。僕みたいに魔法が下手くそでも魔石があれば簡単に火が起こせたりする。まあ、今の時代に無くてはならない石や力が魔石と魔力。使えたら凄いのが魔法だ。


「不思議な生き物の光の粒が別の個体に移った。す、すごい。もし不思議な生き物が魔力で構成されていると考えたら、魔石に魔力が込められていると言うことの照明になるぞ!」


 僕は鉛筆で先ほどの現象を簡単に書き残しておいた。


 ――シャインのパパさん、また「すごい面白い」って言ってくれるかな。


「魔力で作られた体が別の個体に移った……。これは『魔力の移動理論』で考えられるんじゃ」


 僕は紙袋から透明の魔石を、ポケットから赤色の魔石を取り出した。


「スライムに食べさせようと思って持って来たけど、実験に使おうっと」


 僕は赤色の魔石と透明な魔石を持ち、互いを合わせる。すると真っ赤だった魔石が薄くなり、透明だった魔石が赤っぽくなる。


「『魔力の移動理論』まあ、僕が勝手に言ってるだけなんだけど……。さっきの現象と照らし合わせられないかな」


 僕は片方の魔石を砕いてみることにした。倒されたスライムの個体の魔石は破壊されていたのだ。もしスライムの体が魔力なのだとしたら、魔石の魔力がもう一方の魔石に移れば仮説が成り立つ。


「はぁ、はぁ、はぁ……。今、僕は世紀の大発見をしようとしているんじゃなかろうか。せ、成功したら、もっともっと面白くなるぞ!」


 僕はもともと赤色の魔石だった魔石を地面に叩きつけて破壊した。ガラスが割れたような甲高い音と共に、赤色の光の粒がふよふよと漂っていた。普通なら空気中に消える。でも、今回は消えなかった。


「おお……。もともと透明の魔石だったのに赤色の魔石になった。魔力がもう一方の魔石に移ったぞ! うわぁぁぁぁぁぁぁ、すごい! って、これが出来たらどうなるんだ?」


 僕は実験を観察日記に書き記す。


「ああ、楽しすぎる! 不思議な生き物を調べていたら知らないことが沢山わかる! もっと調べよう!」


 僕は実験に成功し、有頂天になっていた。

 いつもなら行かない森の奥深くにまで足を運んでしまう。でも、探求心が抑えられないのだ。もっと新しくて楽しくて面白い発見がしたい。そんな、あくなき探求心で恐怖など微塵もなく、どんどん突き進んだ。

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