魔物が捕まえられるようになった世界の立役者、それは学者ではない。夢物語をかなえた少年の冒険記。

コヨコヨ

第一章 少年と不思議な生き物

第1話 僕の夢

「昔々、あるところに独りぼっちの少年がいました。友達が欲しくて空や海、森、街の中を沢山捜しましたが、友達はどこにも見当たりません」


 ママがベッドの上で僕の大好きな絵本を読み聞かせてくれた。何度も何度も読んでもらった少年と不思議な生き物の話。僕はこの話が大好きだった。


「少年は、とある村で神様に会う方法を知りました。『星が降る日、高い高い山の上に輝く宝石を持って願えば神は舞い降りる』と。話を聞いた少年は宝石を沢山見つけ、最も高い山に登り、星が降る日に願いました。『神様! 僕のお願いを聞いてください!』と」


 ママは眠気が飛びそうになるほど大きな声で叫んだ。本当に神様が来てしまったらどうしよう。そう思うくらい迫力満点だ。


「少年が叫ぶと、長い首が特徴的で四本の細い脚が生えた生き物が空から現れました。少年は世界を見て回っていましたが、空に現れた生き物のような存在を見た覚えがありませんでした。『何が望みだ』と生き物は頭の中に話しかけてきます。『友達が欲しい!』と少年は叫びました」


 ママは友達がたくさんいるのに友達が欲しいと叫んだ。近所迷惑にならないだろうか。


「『友達……。そうか。なら、友達とやらを生み出してやろう』と不思議な生き物は言います。長い首をもたげ、暗い空に咆哮をあげると真っ赤な星や青い星、緑の星が降ってきます。大量の隕石が地面にぶつかり、火山からマグマが飛び出します。少年が神に願ったことで世界が滅茶苦茶になってしまいました」


「不思議な生き物が悪い……。少年は悪くないよ」


「そうだねー。不思議な生き物が悪いねー」


 ママは絵本をめくり、話を進める。


「不思議な生き物は世界に星を降らせました。多くの動物が消え、生き残った人間は不思議な力を身に付けます。生き残った少年は世界に生まれた不思議な生き物たちを見て『あの生き物が友達……? 僕は普通の友達が欲しかっただけなのに』と言って森の中に引きこもってしまいます」


 ママは布団を被り、話を続ける。


「少年は青年になりました。この星に生まれた不思議な生き物はどんどん広まっていきました。空や海、森、街の中と至る所でその姿を見られるようになったころ、青年はまた世界を巡ろうと決意しました。本当に友達になれるのか気になったのです。友達になれないのなら青年は世界を元に戻そうと神様に会うために宝石を探しました。でも、昔見つけた宝石はどこにもありません。不思議な生き物とも友達になれませんでした」


「うう……、青年可哀そう……」


「可哀そうだね。でも、まだ話は続いてるよ」


 ママは最後のページを開いた。


「沢山努力した青年はいつの間にかお爺さんになりました。それでも世界をもとに戻すことはできませんでした。ただ、一匹の狼に似た不思議な生き物とだけ仲良くなれました。友達かはわからないけれど、一緒にいると心がとても温かくなります。楽しいこと辛いこと、面白いこと、全部がとても新鮮で物事に取り組んでいた一瞬一瞬が彼の宝物となりました。おしまい」


 ママは絵本を閉じた。


「僕も不思議な生き物と友達になりたい!」


「じゃあ、沢山努力しないとね。と言っても、絵本の中の話だから不思議な生き物に勝手に近づいちゃ駄目よ~」


 ママは僕の頭を撫でて注意してくる。


「絵本の中でお友達になれているんだから現実でも友達になれるんじゃないの?」


「さぁー、どうかしらね。でも、一人で森の奥深くに行っちゃ駄目よ。今、この世界にいる不思議な生き物はみーんな怖い悪者なんだからね」


 ママは狼のように目を吊り上げ、怖い顔をした。


 ――僕も不思議な生き物とお友達になりたいな……。


「じゃあ、アッシュ、お休みなさい。今日もぐっすり眠ってね」


 ママは僕の額にキスしてきた。僕もママの頬にキスして微笑む。


 ママはベッドの横に置かれている魔道具に触れ、光を消したあとベッドから降りて部屋を出て行った。

 僕は眠たくなり、目を閉じる。夢の中でもいいから不思議な生き物と友達になってみたいな……。


 次の日、鴬が鳴く頃に目を覚ました。不思議な生き物と友達になれた夢は見られなかったが、日の光がすっと伸びて空気が澄んだ気持ちの良い朝だった。寝間着から半そで短パンの普段着に着替える。扉を開け、階段を使って下の階に降りていった。


「アッシュ、おはよう。悪いが竈に赤色の魔石を入れてくれ」


 パパは大きな体に似合わない白いエプロンと頭に布巾を被った姿でパンの生地を太い腕と大きな手の平、腰を入れて全身の力を使ってこねていた。

 分厚いフライパンや鉄の太い棒すら軽々丸められる剛腕のパパに掛かれば柔らかい生地がもっちもちのふわふわに仕上がっていく。


「はーい」


 僕はパパの仕事場に入る。木箱に入っている菱形の真っ赤な魔石を器に移し替え、竈に入っている透明な菱形の魔石を別の木製の器に移す。その後、真っ赤な魔石を竈に入れる。


「パパ、魔石を入れたよ。他にお手伝いできることはない?」


「ありがとう。アッシュはまだ五歳なのに、パパの仕事を手伝ってくれるなんて……。うぅ、嬉しくて泣きそうだ……」


 パパは長袖の布で眼元を擦る。始めは演技かと思っていたが、日の光が頬に当たると目尻に眩い光がキラリと反射した。どうやら本当に泣いているっぽい。そこまで感謝されると、逆に恥ずかしい……。


「じゃあ、魔力が無くなった透明の魔石を外の魔石置き場に出しておいてくれ」


「はーい」


 僕は木製の器を抱え、靴を履いて裏口から家の外に出来る。無色透明な魔石が沢山積まれている魔石置き場に腕で抱えていた器の中身を入れた。無色透明の魔石は日の光に当たるとガラスみたいにキラキラ輝いて見えてとても綺麗だ。でも、ただ綺麗なだけで、これと言った使い道が一切無い。沢山あるのに、もったいないよな。


「おーい、アッシュ! おはよう!」


 隣の家に住んでいる幼馴染のシャインが話しかけて来た。藍色っぽい髪を後頭部で集め、ひもで結んでいる。服装は運動着かな……。とても動きやすそうな半そで短パンを着ており、両手で木剣を持っていた。


「おはよう、シャイン。今日もいい天気だね」


「そうだね! ねえ、アッシュのパパが作ったメロンパン、後で私のところに持ってきて! 鍛練してから買いに行ったらいっつも無いの!」


「ちゃんとお店に来て買ってよ。買い置きは駄目」


「いいじゃん、可愛い可愛い幼馴染の私のお願いだよ。メロンパンを作らせたら村一番のアッシュのパパのメロンパンが食べたいの。おねがーいっ!」


 シャインは朝っぱらから木剣をブンブン振り、大きな声でお願してきた。行動とお願いが一致していないんだよな。


「はぁ……。わかったよ……」


「やったーっ! ありがとう、アッシュ。じゃあじゃあ、ついでに鍛錬にも付き合って!」


 シャインはダダダっと走って僕の前まで来る。ほんとうに同じ年かと思うほど足が速い。


「シャイン、強引すぎるよ……。女の子ならもっとおしとやかに……」


「口答えしない! 私に誘われたら『はい』と言えばいいの!」


「えぇ……」


「そのゴミになった魔石を持って早く来て! アッシュも投擲の練習になるでしょ!」


「まあ、そうだけど……。はぁ、何を言っても引き下がらなそうだし、行くか……」


 僕は無色の魔石を木製の器一杯に入れ、シャインの後を追う。


 ◇◆◇◆


 僕達は村の広場にやって来た。周りに民家が一切無く、冬場は雪合戦、他の季節なら木製の玉を木の棒で吹っ飛ばしたりして遊んでも誰にも迷惑が掛からない場所だ。

 朝を過ぎると他の者達がやってくるので僕とシャインは朝一番にやって来てカッコよく言えば鍛錬、普通に言えば魔石投げと魔石打ちしている。


「じゃあ、アッシュ! 私に向って魔石を投げてきて! 私が全部叩き落とすから!」


 シャインは木剣の柄をしっかりと握り、姿勢よく構える。同い年なのに、僕のパパから冒険者だったころの昔話を聴き、目を輝かせている姿を見せたら剣まで教わっちゃって僕よりもやる気に満ちていた。


「わかった。でも、体に当たっても泣かないでよ」


「馬鹿にしないで! 私は冒険者になるんだよ! 魔石が体に当たったくらいで泣くわけない!」


 シャインは身を引き締め、一気に集中した。彼女の大きな目がキリっと吊り上がると猛獣に睨まれているような感覚を得た僕は気が引き締まる。


「じゃあ、行くよ!」


 僕は魔石を持ってシャインに向かって思いっきり投げる。


「はっ!」


 シャインは木剣で魔石を叩き落とした。水晶が割れるような音が響き、魔石は粉々になった。


「もっともっと! ほら早く!」


「はいはい! わかってるよ!」


 僕はシャインに向って無色の魔石を投げまくる。

 昔からシャインの鍛錬に付き合っていたら、いつの間にか魔石が狙った箇所に確実に飛んで行くくらい投擲が上手くなっていた。まあ、魔石限定だけど……。


 持って来た魔石を全て投げ切り、シャインの額にじんわりと汗がにじんだころ。


「ふぅー。ありがとう、アッシュ。朝の鍛錬に付き合ってくれて。やっぱり持つべきものは幼馴染だね!」


 シャインは見惚れるほどいい笑顔を浮かべる。名前の通り輝いて見えた。


「はは……、僕は不思議な生き物の友達が欲しいよ」


「まだそんなおこちゃまなことを言ってる。不思議な生き物と友達になれるわけないでしょ。不思議な生き物は魔石を落とすだけで冒険者のお金にしかならない悪い奴らなんだよ」


「でも、それは人間が勝手に狩ってるだけで……、不思議な生き物は人を滅多に襲わないじゃないか」


「それはアッシュが弱いやつばっかり見ているからよ。強い不思議な生き物は人だって簡単に倒しちゃうんだからね」


 シャインは木剣の柄を握りしめながら話した。わくわくしているのかな?


「私は強くなってお金を一杯稼げる冒険者になる! アッシュも冒険者になりなさいよ!」


「いや……、僕は戦いは好きじゃないし……。魔法だってまだ使えないし……」


「アッシュがちゃんと鍛錬しないからでしょ! 勉強だってしていないんじゃないの! まあ、勉強は私もしていないけど……」


「うう……。ぼ、僕はパパの仕事を手伝ってくるよ」


 僕はシャインから逃げるように家に戻った。パパの仕事の手伝いをしてご褒美に貰った焼き立てのメロンパンを紙袋に入れてシャインに渡しに行く。

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