第3話 任務

「———ふっ……どうだ? これが私だ。笑ってくれ。まんまと乗せられた私を」


 クラリスは嗤う。

 彼女から涙は出ていない。

 まるで涙を流し切ったかの如く、全てを諦めたかのようにただただ自虐的に嗤うだけ。


 そんなクラリスを目の当たりにして、俺は唖然としていた。


 これが……これが俺と同い年の女の子が歩んできた人生なのか……?

 あまりにも……あまりにも……。


 そんな時、クラリスが先程とは少し違う感じでおかしそうに小さく笑う。



「ふふっ、何故お前が泣くんだ、ソウスケ」

「いや泣いてな……あれ?」



 クラリスに指摘されて初めて、俺は自分が泣いていたことに気付く。

 しかも目が潤むとかではなく、普通にボロ泣きだった。


 え……こんなに涙脆かったか、俺……?

 寧ろどんな感動系映画観ても泣かなかったんだけど……。


「……これ、純度100の目薬だから」

「ふふっ……そんな例え、私の国でも使わないぞ?」

「う、五月蝿いわい! ただまぁ1つ言えるのは———そんな過去なんかさっさと忘れちまえってことだ」

「……っ」


 俺がそう言うと、クラリスが顔を歪める。

 その表情を見て慌てて言い繕う。


「も、勿論クラリスに強要するつもりはないからな!? あくまで……あくまでも俺の考えだからな!?」

「あぁ、分かっている」


 少し顔の険が取れたクラリスが頷く。

 俺は一先ず誤解されていないことに安堵のため息を吐き、話を続ける。


「あくまで俺の考えなんだけど……どれだけ過去を悔いても意味ないぜ? 過去は変えられないんだからさ。それなら———過去なんか忘れて今を楽しんだ方が良くない? 特にクラリスは自分が悪いわけじゃないんだし」

「…………」

「ま、最後決めるのはクラリスだからな。俺はそうするって話だ。だから———」


 俺は先程からポケットの中で振動し続けるスマホの電話に出て吠えた。



「———いい加減空気を読めや馬鹿野郎!」

『……相変わらず酷いな、君は』



 電話越しからムカつく男の声が聞こえる。

 横ではクラリスが突然ブチギレた俺に目を白黒させていた。

 ほんと、一世一代の告白なのに邪魔してごめんな。


 俺は空気の読めないゴミみたいな男に罵声を浴びせる。


「五月蝿い。お前から電話が掛かると必ず任務だから嫌いなんだよ! じゃあな、2度と掛けてくんな」

『あ、待っ———』


 俺は何か言おうとするのを無視して電話を切り、直様スマホをポケットに戻す。 


「悪いな、邪魔が入った。電源切っておけば良かったかな……」

「いや……私は良いのだが……切っても良かったのか?」


 クラリスが此方の顔色を窺うように尋ねてくるが、俺は大きく頷く。

 

「別に良いんだよ。どうせ俺の代わりは幾らでもいるから。そんなことよりまずはクラリス……君の心の問題の方が先だろ」

「……ソウスケ……ありがとう」


 俺の言葉にクラリスが目をパチパチ瞬かせた後、嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔と言葉に、俺は思わずドキッとしてしまう。


 しかし———今度はスマホではなく、家の電話が鳴った。


「…………あのクソ野郎……」

「出ればいいじゃないか。私はもう十分励まして貰ったからな」


 クラリスがそう言ってくれたので、仕方なく家の電話を取る。


「……もしもし」

『急に切られては困るぞ』

「お前は一回死んで人間の心を取り戻す旅にでも出てろ」

『全く……この私に暴言を吐くのは君くらいのもんだぞ……』


 こ、この人外め……誰のせいで口が悪くなってると思ってんだ……!

 今度正式に変えてもらえるように組織に進言してやる。


 電話越しに呆れたようにため息を吐かれ、俺の怒りゲージが更に増えていく。

 俺はスマホを思わず握り潰してしまいそうになりながら口を開く。


「黙れ。今色んな意味で物凄くイライラしてんだからさっさと話せ。さもなくば切る。他の奴に頼め」

『……君の家から2キロ圏内に侵略生物が3体出現した。急いで向かってくれ』

「俺が出ないといけない程か?」


 自分で言うのも何だが、実力主義である俺の組織内の地位はそれなりに高い。

 そんな俺をわざわざ指名する程のものなのか些か疑問だが……。


「ソウスケ、私は侵略生物が見てみたいぞ」

「よし、今すぐ向かうからさっさと座標寄越せこのタコ。早くしねぇと髪の毛毟り取る」

『わ、分かったからそれだけはやめろ! 私の髪はもう少ないんだ……』


 俺がスマホの電源を付けると同時に、スマホに侵略生物が現れた座標が送られてくる。

 どうやら少し歩いた先にある公園で現れたらしい。


『あと、先に3人のB級異能力者を送ったのだが消息不明だ。宗介……いや組織内の序列12位———『模倣者イミテーター』。彼らの動向も調べてくれ』

「……あいよ」


 俺は今度こそ電話を切り、立ち上がる。

 横には、いつの間にか白銀の鎧と白銀の剣を装備したクラリスの姿があった。

 ただ……。


「悪いんだけど……付いて来るならその装備は外しててくれない?」

「な、なぜだ……?」

「めっちゃ目立つじゃん。まだ君の存在が組織にバレるわけにはいかないだろ? もう君は十分戦った。ここで君を戦わせることはしないさ」

「……なら、お言葉に甘えさせてもらおう」


 少し戸惑う様子を見せながら装備を外したクラリスに、俺と色違いの仮面を渡す。


「これは……?」

「何か試作品として貰った俺の仮面。認識阻害の効果があるんだ。ほら、早くつけてつけて」

「わ、分かった」

「よし、それじゃあ行くか。ちょっと失礼」

「わわっ!?」


 俺は黒塗りの仮面を付け、同じく黒塗りの戦闘用のコートを着込んでクラリスをお姫様抱っこしながら窓から飛び出した。

 

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