第2話 俺の職業と彼女の役割

「———いいか? これが頭を洗うシャンプーとリンスね。そんでこれが洗顔料……顔を洗うやつ。あとこれが体を洗うボディーソープで……こっちを捻ったらお湯が出るから」

「う、うむ、分かった。しかし、少し頭がこんがらがるな……。これなら2人で入れば良いではないか? 私は気にせんぞ?」

「アンタはアホか! 男と女が一緒に風呂に入るのは家族か恋人だけだ! 俺が襲ったらどうする!?」


 クラリスが俺の部屋に泊まることになってから数時間。

 一通りこの世界のことを教えたので取り敢えず風呂に入って貰うことにしたのだが……クラリスがとんでもないことを言い出した。


「いいか!? クラリスの世界ではそれが当たり前かもしれんけどな……俺らの世界ではあり得ないんだよ!」

「そ、そうなのか……」

「あぁ、そうだ」


 まぁ陽キャの大学生とかは知らんけど。

 

 そして俺は再び風呂に入るためのレクチャーに戻る。

 クラリスは不思議そうに風呂場を眺めていたが……浴槽を見て首を傾げる。

 

「ソウスケ、ここにお湯が溜まると言ったな。これは何処から水が出るんだ?」

「ん? あ、これは気にしなくていい。クラリスが入る頃には入ってるから」


 俺がそう言うと、クラリスは感心した様に頷いた。


「そうなのか……凄いな。魔力も使っていない様だし……本当にこの世界はカガクが発展しているのだな」

「まぁね。すんごく便利だよ。ただこっちじゃ魔法が殆ど廃れてるけどな」


 まぁいないこともないのだが……。


 俺はとある同僚のニヤニヤとした笑みを思い出して顔を顰める。

 

 一応クラリスには俺の仕事も伝えた。

 高校生なのに仕事というのもおかしなことだが……ちょっと特殊なのだ。


「ソウスケ……オフロというのとは関係ないのだが……侵略生物のことを聞かせてもらえないか?」

「うーん……まぁクラリスが風呂入ったら教えるよ。いいか、絶対に途中で裸で出て来たりするなよ?」

「そ、そんな痴女みたいなことをするか!」


 頬を赤く染めて言い返してくるクラリス。


 いや……一緒に入るのはいいのにそれは痴女っていうのもどうかと思うぞ。

 ほんとイマイチ異世界の羞恥の基準が分からんな。


 俺はそんなことを考えながらタオルを用意して洗面所から出た。









「———さて……教えて貰うぞ、ソウスケ」

「お、おう……」


 お風呂上がりで未だ頬が赤く金色の髪もしっとりしているクラリスが俺のパーカーと短パンを着て言う。

 ただ……童貞非モテの俺には少々破壊力が強すぎた。


 あの……控えめに言ってエロいんです。

 緊張するんですけど……。


 俺がクラリスの可愛さとエロさにドギマギしていると、クラリスが服の袖を触る。


「……このとやらは着心地がいいな。是非とも欲しいくらいだ」

「そ、それぐらいならあげる」

「本当か!? ……ありがとう、大切にする」


 そう嬉しそうにはにかむクラリスには言えないけど……そのパーカー、普通にセールで買った999円のものなんだよな。

 しかも別にブランドとか言うわけでもないし……。


 俺が何か居た堪れない気持ちに苛まれて微妙な表情を浮かべていると、クラリスが質問して来た。


「ソウスケ、話を戻すが……侵略生物とは何なのだ?」

「……まぁ簡単に言えば、異次元又は地球から遠く離れた星から来る謎の生命体のことだな。ここ最近……特にこの10年で地球に現れる侵略生物の数も増えて来た。俺みたいな高校生を雇うくらいにはな」


 そう、俺の仕事は地球に現れる謎の生命体を倒すこと。


 彼らに高度な知性はなく、俺たちの言葉も理解していない様子なので、対話などまず不可能だった。

 よって俺達———異能力者の力で彼らを倒すべく、特別な機関を世界が合同で立ち上げた。



 その機関名は———『Extraordinary ability union』。



 ただ普段は略して『EAU』や、日本内だと『異能力連合』とも呼ばれるその機関が、異能力を持つ特殊な人間を雇って全面的に支援することで侵略生物から世界を守っている。

 俺もその機関で働く異能力者の1人というわけだ。


 勿論その機関や侵略生物は、異能力者や国の一部の人間以外は誰も存在すら知らない。

 仮に会ったとしても、記憶系統の異能力者達によって記憶を消されてしまうらしい。

 俺は見たことないので知らんけど。


「ふむ……この世界も私の世界同様に侵略されているのだな。まぁ……全てを1人に任せるあの世界とは違うみたいだがな」

「……」


 俺の話を聞いて、クラリスは、どこか自虐的で憂いに満ちた複雑な笑みを浮かべた。

 その笑みを見た俺は何も言えなくなる。


 クラリスは……一体何者なのだろうか。

 いや……何となくではあるものの、クラリスの彼方の世界での立ち位置は想像がつく。


 俺は自分の仮説を小さく口に出した。



「クラリスは……勇者、だったのか?」

「……っ、なぜ……」



 クラリスが驚愕に目を見開き、口を小さく震わせた。

 その反応で俺は確信する。


 クラリスは———勇者だ。


 しかも話からするに、仲間も居なかったように思える。

 いや……もしかしたら彼女の成長についていけなくなったのかもしれない。

 寧ろその方が可能性高そうだな。


 俺が心の中でそう結論付けた時、クラリスが此方を見ているのに気付く。

 そして———。



「うむ……バレてしまっては仕方ない。私の本名は———クラリス・ア・ブレイブ・ハート。あの世界で前代『勇者』の力の真髄が篭った剣に選ばれ、魔王を倒したにも関わらず世界から指名手配を受け———最後には、信じていた師匠から裏切られて異世界に飛ばされた哀れな女だ」


 

 そう語った彼女の瞳には———深い悲痛と諦観が宿っていた。


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