第三章「モノクロ世界に、色一つ」



.......(バイブ) .......(バイブ)

<<緊急地震速報:強い揺れに注意|予想震度:6弱>>







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 仄き沈む、太陽。


 煩く響く、防災無線。


 宙だけは、ひたすら美しい夕焼け、ひたすら群青。体の芯まで凍えさせる原因は、一体。ただの風か、空か。それとも、

 手で拭っても拭っても溢れる、いまなにから手をつけるのがいいのか、、、。そもそも一体、なんで泣いてるの?勝手にでてくる溢れてくる。あぁ、あぁ、、、。


 まだ揺れているような感覚、目下でサイレンが忙しい、なんでいま?ほんとに現実なの?受け入られないし受け入れたくない。うぅ、うぅ、、、。



 そうしてもう、たそがれ。ぼくたちは、ショックで展望台から、動かなかった、動けなかった。

「...だいじょうぶ...?じゃないよね。大丈夫じゃないよね。ごめん。」

「...うん。だいじょうぶじゃないと思う、、、」

 沿岸部は、津波警報もでて。ここって、大丈夫なのか。丘の上だから大丈夫なのか。みりねは、ずっとうずくまって、、、。みりねに、なんて声かけるべきなのかな、そっとしておくべきなのかな、とか。みんな無事なのかな、今日は家に帰れるのかな、とか。いろいろ、不安。すっごい泣きたい。








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ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ。



すっかり、飲みかけスープは冷めた。それはちょうど、薄暮の空に、夜の絵の具が広がってきたころ。



みりねは立ち上がって、宙に泣き叫んで、泣くのをやめた。そして―








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 「、、、おれ。天気予報士になりたい、なりたかった、

 でも、こんなんじゃ、なれないよね。地震だ、津波だ。そんなんで泣く。泣くっていうか、心が痛かった。いま心臓に流れているのは、血液じゃなくて、狂気じみたナイフなんじゃないかな。そんな気さえしてる。

 

―藍の空が、どんどん純度を、増していくとき、みりねは、喋った。ベンチに座り直すときのみりねはぎこちなかったけど、けがでもしているのだろうか―


 おれがちっちゃいとき、すみも知ってると思うあの震災、あのときの感情はよく覚えてない。幼稚園にいたから、先生に連れられて、山を登って。

 はっきりとは覚えてないけど、見た。


「津波を。まるで濁流。まるで、、、。すべてを呑み込むモンスターみたいな。」


 茶色か黒色かみたいな液体が、船も堤防も道路も家も建物も。次はおれ...?って思った。

 戦慄した、心琴が凍えた。人生で初めて死の恐怖を覚えた。

 そのときの感情だけは、体。いや、細胞に、深く刻み込まれた記憶になったみたい。


 それと、会えなくなった友だちも、何人かいた。小学生になってから知った、その震災が、どれほど、その地方に影響をもたらしたか...って。

 それから、離れた場所で地震が起こるときも、頭にその記憶が蘇ったりしたんだけど、、、。朝のニュースにでてくる、天気コーナーの人に憧れるようになって。それで、天気予報士になりたい、って思うようになった。

 でも、その昔の記憶がやっぱりさっき。頭のすみっこから脳みそに染み出してくる、勝手にね。あぁ、また、泣いてる、、、。

 だから、地震から人を守りたい気持ちはある、でも俺はきっとたぶん、“守られる立場”なんだよ。

 ごめん。やっぱりまだちょっと、涙が止まらないね。」



 みりねは飲みかけスープを飲み干して。ぼくも飲み干して。とっくに指先は冷たくて。スープは、余計に、身体に冷たさを流し込んで、、、。

 目下も頭上も、暗闇。停電してるのかな、スマホ見ると案の定。

 <<圏外>>

 ほんとにどうしようって思った。ベンチでうずくまるだけのぼくたち。寒いし、疲れたし、みりねを励ましたら良いのかな、それともそっとしておいたらいいのかな。でも、ぼくも泣きたいくらい。でも涙腺、砂漠みたいなぼくだから。それはちょうど、感情の溜まった雫がずっと溜まってるような、それで決壊せずに溜まってるから、余計に、胸の奥によくないものが溜まって苦しくなるような。うぅ、、、。

 ぐわんぐあん、いろいろ入り混じった感情で。脳みそが揺れる、身体が揺れる感覚。いったいこのあとなにするのが最適解なの?



 「ふぅ。だから、だから、おれは向いてないんだよきっと、天気予報士に。」唐突に、白い息を吐いて。みりねは、そうつぶやいた。

 「おれ、万が一用で、毛布持ってきてるから。ここで野宿しちゃおう?今夜は帰れなさそう。実は、あのとき、動揺しすぎて、足くじいちゃって。明るくなってから下山したいし。それに、すみの声、ずっとなんか、凍えてる気がする。すみも、だいじょうぶじゃない。」


「うん、、、。」


 みりねの声は、ずっと掠れかけた、凍えたような、怯えが抜けないような。そんな凍ったバームクーヘンみたいな声。

 いま、ぼくたちの身体には、鈍く凍てついた鉛が流れているようで。

 展望デッキのベンチから、東屋に移動して、壁に2人で、もたれ掛けて、毛布をかぶった。東屋のライトがぼくたちを、淡いみかん色に照す。

 でも、たしかに、ぼくも大丈夫じゃないけど、ぜったいみりねのほうが大丈夫じゃない。なのに、なのに、ぼくの心配までしてくる。

 この夜は。ただ、地面を揺らしただけじゃなく、ぼくたちの心に、ひどく凍らせたマグマを流し込んだんだって、鈍くなった頭はそう思った。今日の夜はこんなに静寂に包まれている。そんな夜に、ぼくは溶けていく。まるで、ひどく凍てついた氷が、ゆっくり溶けていくように。








         ❅              ❅



 





 凍りついた世界。動いているものなんてない。空気の凍てついた感に圧倒されて、おれも動けない。横を見ると、すみの寝息が、白が薄らいで、見分けがつかなくなって。見上げると、漆黒がちょっとだけ薄らいでいる。

 呼吸する。痛烈な空気の寒さは、胸にうずくまっているものを昇華させるよう。


 スマホを見る。

<<AM5:12>>

 早起きしすぎかな。

 電気の消えた街が、星の光を眼に届けやすくする。まさに皮肉な美しさの宙。

 昨日は、ダムが発破をかけられたみたいに、感情が溢れ出す。そんな比喩がちょうどいいかもしれない。ほんとに気象予報士になれるだろうか。地震がまた来たら、貧弱なダムはまた、、、。それはみんなを守る役割としてだめだめ、、、。でも、ほんとにみんなを守る役割になりたい。だって、今回はきっとこの沖合の海溝が動いた、それってこの地域の人はたぶんあんまり知らないし。この国で生きる以上、災害は絶対逃れられないもの。この地域なら特にその海溝地震に備えるべきだった、実際昨日動いたんだと思う。そういうのを伝えて、みんなを守りたかった、直近ならすみ。すみに、あそこに避難しよう!とか、津波大丈夫だよ!とか、おれの知識で言えた。のに、判断力や行動力は液体窒素に突っ込まれて凍結する。感情だけは風船の中に入ってた絵の具が弾けるように、頭の中に飛び散る。そんなんだから、昨日は、、、まったくなにも手につかなかった。

 どうしようもないのかな。PTSDみたいなもんなのかな。「心的外傷後ストレス障害」、おれの人生の桎梏しっこくになる?そんなのいやだ。だって、そんなものに縛られたくない。そんな過去に引きずられて凍った鎖、溶かして絡まりながらでも、進みたい。でも、その溶かし方は分からない。進んでも、きっと絡まりながら足首に引っかかってコケるんだ。進めない、進路のさきに朝が見えない。

 この空はあと数時間で、朝になるのに。おれを置いてけぼりで。どうせなら、おれも連れてってよ。いじわる。視界にじんで、宙が遠く見える。手で拭う。手袋が濡れて冷たいから、上着に腕を引っ込めた、指先まで袖に入るように。とっても冷たい指先。


 刻一刻と朝に近づいていく。頬や鼻は、裁縫の針がまとわりつくような寒さで痛い。涙の枯れた跡で、塩が染みる感覚。髪が眼の横をこすってこそばゆい。足の指を動かして、関節の存在を感じて、体のなまりを感じて、スニーカーの中のぬくもりを感じた。もう、くじいたところの痛みが引いてきていることを確認する。肩を上げ下げして、摩擦熱とダウンコートの暖かさを感じる。もうしっかり頭も体も起きた。


 眼下の街が、絵の具を散らしたように、それでもって規則的に明かりが灯った。

「きれい、、、。」

吐息はやっぱりゆっくり溶ける。そんなに寒いんだ。

「電気が灯ったから、明るい世界に行っちゃった。いじわるだなぁ、、、」

また涙腺が、


 視界がちょっとはっきりしてきて、宙の色にだんだん朝が溶けてきて。あ、ん?いや、やっぱりすみの目が動いたような。

「すみおはよー?」

「ん...んー。うん、おはよーっていうか、、、寒いね。体がすっごいなまってるし。」

 すみが寝起きだからか、声を聴くのは枯れ木を撫でている感覚。


 さっき考えてたことを、すみに話しておきたいな。

「うん...、今、悩みごと?話して良い、、、かな。」

「ん...んー。どしたの?」


 天秤にかけた。もうこのさい洗いざらい話そうか。でも、ほんとは天秤にかけるまでも無かった。答えは明白。地震のたび、ダムが崩れるみたいに、感情が溢れ出す。夜のその奥に叩き落された感覚を味わう。だから、そもそもダムができないように。そんなこと今まで人に話せなかったけど。こころの底にあるものをさらけ出すのは、腹を割るような勇気がいるから。失敗に終わるかもしれないけど、やっと話してもいいって思える人はそこにいる。自分を変えてくれる行動、迷う前に分かってたんだ。


 起こせ、自分革命。



「あのね、ちょっと長くなるんだけど。

 おれは、気象予報士になろうとしてた。でも、無理。無理じゃん。って思ってた。だって、地震のとき、おれの中で感情が暴れ出す、ダムが崩壊したみたいに感じるんだけど。あの地震のせいで作られた人生の足かせみたいなもの。それのおかげで、その夢を、諦めるしかない。


 幼稚園児のときに被災して、子供心になにかやばそうだなって思って。あれから、何回かテレビで地震の速報がなるたびに、頭の中にあふれるのは。あのときのフラッシュバック。だから、それをなんとかしたいってずっと思ってるけど、、、。

 でも、いやなんだよね。今までたっくさんの挑戦してて、はじめて諦めるのが。

 それに、そのことを今まで誰にも伝えて無かった。じゃあ、無理だね。って言われるのも怖かった。無理でも夢を少しでも長く見ていたかった。

 話せて良かった。どうにもならないかもしれないけど。」


 話しながら思い出す。あのとき。

 思ってしまう、気象予報士を目指す以外の道が分からなくってなんとなく頑張ってるってなに?おれはどうしたらいいんだろう。でも、すみは

「そんなことない。みりねはがんばってるじゃん!みりねはすごいから。なれるよきっと、頭もいいし。」

「、、、別におれは、凄いじゃない。無責任なこと言わないで、資格とって就職するとかなら大変かもしれないけどすっごくがんばったらいけると思う。でも、でも、地震のときにうずくまってるだけの気象予報士なんて、無責任すぎる。すみはそこまで考えてる訳?違うでしょ?」


 すみの言葉はありがたい、でも自分でわかってる。なってはいけないんだって。

「、、、でも。でも挑戦の心意気はすごいから。挑戦たくさんしてるってすごいじゃん。挑戦し続けたら、きっと、、、みりねに諦めてほしくないよ。」

「挑戦してないすみがそんなこと言わないでよ。たくさん挑戦して、どうしても叶わないものもあるんだから。挑戦で楽しいことも一杯ある。挑戦してる人すごいって気持ちも分かる。でも挑戦は全能な訳じゃない、なんでも挑戦してなんでも自分のものにできる訳じゃない。

 でも、挑戦なしの生活はつまらないからおれは挑戦を続けてる、人生のカンバスを満足いくものにするためっていつも言ってるけど。ねぇ。逆にすみは、、、いまの生活つまんないって思わないの?そんな白黒みたいな世界にずっととどまってさ。

 この世界に、色がないってのはほんとうにつまんないと思うよ。

 おれはたっくさんの挑戦、たとえば小学生のときはマラソンで10分切ったらメダルもらえるから練習がんばったり、本を1万ページ読んだら表彰されるから天気の本読み漁ったり、代表会に立候補したりとかね。中学校に通う頃には、まぁ去年の引っ越し前のことだけど、継続で本はたくさん読んだし、絵描くの楽しそうと思って美術部に入ったり、国語の授業で小説つくるの楽しかったから作家になってカクヨムに投稿してみたり。


 新しい世界に飛び込むたびに、世界に色が増えて、また鮮やかになって、みたいな。いろんな視点が増えて、いろんな発見があって、ってこと。パレットにはたくさんの色があったほうがキレイでしょ?」


「ごめん、みりね。やっぱり挑戦は苦手、ぼくは挑戦に向いてない人間だと思うんだ。身の丈にあってない。みりねは、良いことなんだけど、お節介な人なのかもね。

 みりねは。でもやっぱりすごいと思う。ぼくの中では少なくともそうしておきたい。話せてえらいよ。逆にさ、みりねはぼくが挑戦しない訳知ってるの?こないだみりねが気にしてたこともぼやかしちゃってたけど。


 むかしは、子供なりにいろいろチャレンジする子だったんだよね。跳び箱7段とぶぞーとか、二重飛びしてやる!とか、自由研究でがんばった賞とるぞーとか。でも、挑戦のための努力ってすごい大変で、しかも報われないことがある。跳び箱7段は、まわりがサボる授業後半でも、跳んで跳んで跳んだ。ちょっとは怪我した。跳べば跳ぶほど、えらいと思っていた、まわりより確実に上手くなると思っていた。でも、ぼくに比べてあんまり練習してない、ある子は8段を跳んでた。

 自分の番が来た。そのときは、火災報知ベルがやけに目についた。怪我したらどうしよう、頭に噴出したのは先生の「腕を骨折した人もいるので気をつけることー」っていう声。なんでそんなに脅すんだろう、ひどいね、って。痛いなんていやだ。でも、そんな運命に呑まれて、岩礁に引き寄せられている気がした。そのとき思った、努力って関係ないのかな、やっぱり才能かなのかな!って。なんでかって、がんばって積み上げた努力が自信満々なぼくを作ると思ってたけど、いまの気持ちは花瓶を運ぶときの気持ち、一歩間違えたら、、、。ホイッスルが「行け。」と呟いて、踏切台を踏んだら。そのあとは保健室だった。手首をくじいたみたいだけど、そのとき痛かったのは手首だけじゃなかったよ。そのとき、がんばってやるっていう結晶みたいな強い意志は、岩礁に当たって砕けて薄らいでいったと思う。


 そういえば、こないだのテストもそんなかんじだったかな。そういうかんじだから、ぼくは挑戦するための努力が無駄に思えた。夢とか目標がないんじゃなくてね、きっと身の丈に合わないことがみんなあるから、ぼくみたいな人は、望むべきじゃない。望んでもきっと届かないんだから、得意なことだけしていきたい。ぼくは、パレットにたくさんの色があると、使いこなせないから「白黒」2色くらいがちょうどいい。新しい色を世界に取り込むより、モノクロ世界の美しさを極めたい。

 それと、親の農業の仕事をふつうに継ごうって思ってるのはそういうこと。子供のときから手伝って慣れてるから、別になんとなくとかじゃなくて、しっかり根拠あるから大丈夫だよ。野菜を作っておいしいって笑顔を届けるのは、ぼくも誇れる仕事って思ってるから。だから、このままでもきっと満足人生送れると思う。挑戦が幸せで満足なのは、きっと全員に当てはまらない。むしろ逆に、そんな風潮が満足人生がそこにあることが気付けなくなる人がでてこさせてるんだよ。モノクロ世界の美しさに気付けない、色があったほうがキレイなんて、きっと主観なのに。

 でも最近は挑戦をやめて、安定な生活送って幸せと思ってたけど、たしかにつまんなかったかも。ここ数年は、自分の人生の絵を作るの中断してた。絵筆とパレットを置いたままだったかも。」


「そっか、、、。こんなこと言うのも良くないかもしれないんだけど、、、。すみにとっては挑戦は嫌かもしれないけど、また一回くらいしてみてよ。人生のカンバスは楽しくしないと、、、。」


 みりねの表情は凍ったままだ。ぼくの体に流れる血液はみんな鉛みたく重くて、ほっぺたを撫でる風はみんな剣山みたいに鋭くて、鼻がきっとポインセチアみたく赤くなってるんだろうなって痛み。その花の時期には早いかもだけど。

 みりねは、挑戦に対してそんなに強い感情を持っていた。ぼくとぜんぜん違うタイプの人間。それにはじめて、あんなに自分の過去を洗いざらい出した。みりね、話したしちょっとでもトラウマ?楽になったら良いよね。


 静かになった頃には、宙は浅葱色。朝焼けの絵の具を、きれいに丁寧に、何層も何層も塗り重ねていってるみたいに見える頃。

 朝の世界を知らなかった。朝なんて”ねむさ”と”ゆううつ”だけが散らかされた、世界だと思ってた。でも、いまぼくが見ている朝は、ちょうどまるで元気なVサインの具現化で。冬の宇宙まで透き通る宙の絵の具をぶちまけたようで。ポインセチアの真紅を網膜に焼き付けてくるようで。





 ―激しい茜色が、そのとき。ん、、、まぶしい。

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