第二章「メモリー不足とオーバーヒート」

 朝、憂鬱、眠気。

 今日は曇天。何もしたくない日でも、学校に行かなくちゃならない。うぅ、思い出してしまう、昨日返ってきたテストの結果は、だめだめだったことを。

 ちゃんと解かないと。解けないと、結果を出さないと、みりねに失礼だと。ここ教えてもらったところだ、と思っても空回りしている気分。なにか宙を掴んでいる気分になった。これほんとうに合ってるのかな。ほんとうにこんな答えなのかな。なんか変じゃない?もしかして間違ってる?とりあえず次の問題を、、、

 昨日、電話してから寝たせいだろうなという眠気を恨んだ。こんな問題を作った先生を恨んだ。そもそも先週たくさん教えてもらってこの有様のぼく自身をも恨んだ。涙も出そうになった。なんでなんでなんで。

 身体中を駆け巡る血液は、いまにも沸騰しそうな冷たさで。



 ねえ、テストどうだった?ってドヤ顔しながら聞きたかったけど、聞けそうな雰囲気じゃなかった。それはなにか。とっても、へこんでいたから。そんな一面的な見方を書いていいのかわからないけど、そんなかんじの表情をしていたからそっとしておこうと思った。いや、でもやっぱり、、、あとで励まそうか。





         ❅              ❅





 布団にうずくまった。正直、泣きたかった。このフラストレーションが晴らされるなら、泣きたかった。でも、涙腺は乾ききっていて、、、ぼく、涙出ないから、うぅ。ほんとうに、もう。いいや。

 しかも進路の話も出てきた。そろそろテストちゃんと取り組んで、3年生に備えないとー、、、みたいな。今回はちゃんとしたじゃん、したのに、、、。しかも知らないよ分からないもん。好きなこととかしたいこととか。なんとか蓋をして過ごしてきたのに霧が覆い隠していたのに。ごまかすために、じゃないけど。放課後はゲームとか漫画で過ごしていた。そんな慣性の法則みたいな生活を否定されたような。もう、一回、思考停止してみたい。時間を止めて、無言の圧力から逃れたい。

 脳内のシナプスは、そんな将来っていうパンドラの箱を目の前にして、逃げたい。

 スマホを触ると <<メモリーが不足しています>> と通知バーにちょこんと表示されている。ぼくは考えなきゃなんないことばっかであふれそう。もう限界。こいつに例えたら、オーバーヒート寸前ってところかな。いや、もうそんなことすらどうでもいいや。なんかもう、寝ちゃおうかな。そうだよね、寝たらいいんだよ。我ながら久しぶりのナイスアイデアだと思った。遅めの、お昼寝だね。

 




 結局、テスト後の今日もすみくんと喋れなかったや、あーあ。今日はなにしよっかなー。しばらくテストないし、あ、そうだ!あれ調べよー。


その刹那だった


......(バイブ)......(バイブ)(地震です。地震です。)

 <<緊急地震速報:強い揺れに注意|予想震度:4>>


 スマホが短調に鳴って、恐怖を煽る。気味の悪い感覚。そのときの、頭の内側の不気味な感覚。とっても嫌いなのに。






......(バイブ)......(バイブ)  ......(バイブ)......(バイブ)


 嫌な音が鳴っている。なになに、なんか起こされちゃった。繰り返すメロディー。こんなに怖がらせなくてもいいのにとも思った。頭の処理が追いついてなくて、これがなにを知らせるのかに気付いたときは、もう揺れていた。






         ❅              ❅






rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrー

rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrー

 <<不在着信:1件>>


 あっ、みりねからだ。と思ったらまたかかってきて、

 <<着信中☏:from みりね>>


rrrrr、「もしもし?おーい?みりね?どしたの?」

「、、、」

「こっちは大丈夫だったよ?ちょっとランプ揺れたくらいで、あーその震度3だったじゃん?」

「...こ、怖かった。」

「、、、あ。」

「わたし。すっごくなんか、そのトラウマ?地震にトラウマ持ってるのかも。なんか、まだ揺れてる気もするし、、、。その、、、泣きそう、ほんとうに。」

はじめて、迷った。えっ、なんて声をかけてあげたらいいんだろう、これほんとうに深刻なやつだよねやばいよね。みりね大丈夫かな。いや違うだろうな、ぼくがそう思ってる時点で、大丈夫じゃないんだろうな、大丈夫?って聞くときは、きっと相手は大丈夫じゃないんだから。だから、

「だいじょうぶじゃないよね、きっと、、、」

「、、、うんたぶん、」

やっぱり、いつものみりねなんかじゃない。たぶん、大変なときのみりねだ。だから、なんか言ってあげないと。なんか、安心させれるなにか。なにか、、、がわからない。なんでかってばくは地震に対してそんなトラウマ持ってないし、だから、みりねの心情を理解してあげることができない。でも、とりあえず安心してほしかったから、

「でも、うん。だいじょうぶ。きっとだいじょうぶ。ね?」

「、、、、、、」

「、、、」



 みりねの泣く声を初めて聞いたような気がした。電話越しだから、確信はないけど、彼女はきっと。

 ぼくは彼女の家の場所を知らないから。スクリーン越しに音だけ。だから、電話を切らずに。そっとしておいた。わからないから、なにが1番手助けになれるのか。

 ぼくも悲しい声になっちゃった。せめてトーンを維持したかったのにね。




         ❅              ❅




 あああああああああああああああああああああぁ。なんでなんでなんで。なんでなんでなんで。

 なんでこんなにもいやなんだろうか。とってももうほんとうに、ずっとベットにうずくまってる。こわいのかな、こわがってるのかな。これは昔のあのときの、トラウマ?

 脳のすみっこから、染み出してくる。激しく冷ややかな、溶けた鉛が、感情の海に流れ出す。

 あぁ、、、。もう、なんか、すみに電話かけよ。すっごくなんか泣きたい。それと、不安だ。


rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrー

rrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrー




 つながっていたかった。とりあえず、だいじょうぶって言ってもらった。それをすこし慰めにして。今日はもう。寝てしまおう。もうなにも考えたくないやって思ってだから、寝てしまおう。

「もう、寝ちゃおうと思う。おやすみ。」

「うん。それがいいと思う、おやすみ。」


 <<通話終了>>


 なみだって意外と水っぽい、って思った。





         ❅              ❅






おはよう、昨日大丈夫だった?

おはようございます。大丈夫でしたよ!。


おっはー、きのうそこそこ揺れたよなー

おはー、わたしのいえ、ライトがぐあんぐわんゆれたー




 無事かな。そもそも来るのかな。あっ!

「おはよう。」

 良かった、やっと直で挨拶聞けた。

「おはよう。」

なにか付け足そうかとも思ったけど、わからないからシンプルに。どんな表情していいかも、分からない。でも、みりねは

「ハイタッチ!」

えっ!?ハイタッチ?

「う、うん!」

 そろそろ、雪が降るころで。もう、朝日が眩しくて。そんでもって、ありがとう!なんて言って、言い返した。なにに対して、ありがと!なのかも分かんないけど、それを受け取ろうってことだけは分かった。

「とりま、教室行こ?ここ寒いじゃん。」

「そーだね〜」

 暗中模索みたいな行動だったけど、上手くいったみたい。みりねの手助けになったみたい。

 そうして、なんかいろいろあったおかげで忘れられた。もうあとは、しばらくテストはない!



 カイロでぬくぬく手だけ温めているみりね。カイロいいな〜ってずっとみてるだけのぼく。

「ねぇー欲しい?」

「えっうん欲しい欲しい!」

意外と、いや。やっぱり優しい?

「まぁ、あげないんだけどねー」

「えっなにそれひどっ!」

やっぱり、前言撤回で。そうでもなかったや。

「それよりも、」

「それより?」

「つぎの土曜日、おれのオススメの場所あるんだけど、行かない?」

「なにそれー!いいじゃん!」






         ❅              ❅






 自転車をこいでこいで。こんな寒い中を進んでいるのは、ぼくたちくらいだろう。降雪前の、自転車を走らせれる最後のタイミング。この街で生まれて育ったぼくから言えば、無謀で、風邪引くじゃんっていうか。そんな感じ。でも、みりねは引っ越してきて初めての冬だし、、、さむーとか言ってそう。

「まじたのし!すみー、もっと速く〜」

「えっ。あっうん!」


 そんなこと無かった。全然そんなこと無かった。っていうか体力ありすぎでやばい!いや、まぁみりねがふつーじゃないのは知ってたけどね。でもこんなに常軌をいつしている?っていうのかな。みたいな子だとは思わなかった。

 そうして、1時間ほど。自転車を漕いで、ある丘の近くの図書館に着いた。

「ふぅ〜すっごい寒かったね。」

「いや、ほんとに、ほんっとに寒かった!だから、せめて来年の6月まで待とうって。言ったじゃん!」

「え〜まぁ仕方ない事情ってもんがー。ね?」

「えぇ〜なにそれー。」

「とりまえず、登ろう!丘にねー」

「え。この図書館が目的地じゃなくて、、、?」

「ん?そーだよ?せっかくパパに特製オニオンスープ用意してもらったんだから〜」

「あっ、そのためだったんだ。」


 てっきり、道中で飲むためだと思ってたのに、そういえば飲まなかったなぁと疑問符を持っていたから、腑に落ちたし、肝を抜かれた。と思ったら。先行っちゃうぞー、なんて言われて。えっ待って待ってー、って感じ。




 寒い時期に、外に連れ出してごめん!って感じだけど、まぁこの時期しか無かったんだから、、、がまんしてほしいなー。着いてきてくれて、すみ〜ほんとにありがとう、ってかんじ。


 この丘の上の展望台は、引っ越し先の観光地っぽいところを探してたときに、それっぽいから家族でハイキングがてら来たことがある。未舗装路が山頂まで続いていて、そこに東屋とお粗末な展望デッキがある。しかも乗るとちょっと軋む、、、。東屋の屋根に太陽光パネルがついてて、謎にハイテクなのがちょっとおもしろいんだけど。なにもない街の、展望台はお世辞にも良いものとは言えなかったけど。閑散としたこの場所は、森のなかにひっそりとあるその雰囲気が好み。それにちょっと言ってみたいこともあって、この場所は、それにはぴったりだと思って久しぶりに来た。



 丘に登る。自分が砂利を踏む音、野鳥の声や風切音が耳にすっと入って心地良い。ふぅ、吐く息は白くて、すぐに周りに溶けていく。たぶん、ここなら今まで言えなかったことを吐いてもきっと。すみになら、言っても嫌われないかな、おかしいって思われないかな。それとも引かれるかな。

 いや、すみが?きっと大丈夫だと思う。せっかくすみ以外に聞かれない場所に来てるんだから、ずっと心に溜まっていた感情を洗濯するなら、ここしかない、とも思った。だから。火照った体に、寒い空気を取り入れて、頭を空っぽにして、宙につぶやく


「かっこよくなりたい。」


 なんてね。言っちゃった。

「いきなり、どーしたの?」

「おれ、実は、かわいいって言われるより、かっこいい!って言われたいんだよね、」



         ❅              ❅



 みりねの言葉の語尾は少し濁りを効かせていた。にしても、そういう人もいるよねって思った。みりねの告白にちょっと引きかけた自分に、固定概念がやっぱり根付いてて、反応しだいでみりねを傷つけそうだったことに、身体が火照る。女子はかわいい、男子はかっこいい、はみんなが目指す場所であるべきではないんだよな。それは知ってた。でも、分かってなかったほんとうに。ほんとうに、分かってなかった。でも個人的には、ぜんぜんありだよね、って思った。



         ❅              ❅



「そっかーありだと思うよ?」

「まじ?でも、難しいんだよね、、、。」

 あぁーついに言っちゃった。今まで誰にも言ってなかったのに。誰にも。ほんとうに自分のなかに隠してた。寒風吹き付ける中歩いているのに、体がヒーターになったみたい。汗がじわっと体中に出てくる。


 自分の生活する世界で、自分だけ孤立してるんじゃないかと思ってた。東京にいたときの...みりねちゃんーこのアクセ似合うと思う〜!みりねちゃん!プリクラ撮ろう?...みたいな、可愛いのが良い。可愛いさ正義みたいな風潮、本音はあんまり好きじゃなかった。その子たちが悪いわけじゃなくて、おれがそれに合わなかっただけだけど。逆に、ネットでしか見なかったアイドルグループのクールな髪型と着こなしや、美容室でクールに整えている人に憧れていた。自分と雲泥の差ほどある向こうを見るだけだったけど。

 すみは、そんな間隙に橋をかけてくれる存在になってくれたような気もする。やっぱり、すみに言って良かった。


 無言の時間が続いた。ひたすら、丘の砂利道を進む。風が吹き付けて、風切音がうるさくて、カエデが寂しそうに揺れて。雲の隙間から太陽が心許なく照りつけて。

 なんて言ったら良いのかな。きっと、悩んでたよね。だって、それは、つまり、マイノリティー。授業で、テレビで、SNSで。でもなんとなく、違う世界の話のような気がして。それってどんな気持ちなんだろうかって、分からなくて。もし会ったら、もし話す立場に会ったら。一体、なにを思えば良いのかな、って。どこまで突っ込んでいいのかな、って。


 みりねの、女子でかっこいいもの好きって、とっても言いにくいような。だから誰にも言ってなかったんだろう。でもほんとに、なんて言ってあげるのが良いのか、分かんない。人の相談受けるの苦手だな。だから、やっぱり愚直に、ぼくなりに、行くしかないな。

「ごめん。どんな反応したら良いか、ぼくには分からないや、、、。たぶん、悩んでるよね。それは分かるの。でも、」


「いいよ。おれの気持ち、受け取ってくれただけでうれしい。それに、いままでと同じスタンスで、いてくれたらいいよ。」

 よかった。ほんとに、やっと言えた。誰かに相談したかった。ずっとずっと。髪を短くしていたら、髪伸ばすのはどうー?みりねちゃんもっとかわいくなれる気がする!とか言ってくれる環境に、言えなくて、親にも言い出せなくて。かっこいい服ほしかった。


 灰色の空から、柔らかい太陽が見えた。ちょっと暖かいね。


 今の気持ちは、うーん例えるなら。コーヒーにシュガーを入れて溶けるときみたいな感じ。今までどうしたらいいのかなみたいなモヤモヤは浮いたまま。自分でも受け入れられるものなのか、と。でも、すみに受け入れられた。拒絶されなかった。他人がそうなんだ、自分はなおさらのことできる、ってさっき分かったんだ。だから、モヤモヤも受け入れて。


 そうだな。寒いから、コーヒー、、、は苦いから、ココア飲みたいな。ってどーでもいいことをつぶやく。

「ぼくは、コーヒー飲めるよっ!」すみのどや顔。

「んー。強い、、、。」


 こういうところだよね、すみのいいとこ。話題変えてくれる気遣いがうれしい。あともうちょっとで展望台だよー!って言ってあげた。重いリュックを背負って、寒風の中。展望台着いたら、魔法瓶のオニオンスープ飲もうね!って言った。肩で息をする、もう汗はかいてない、冬だから。息を吐く、ふぅ。白くて、周りに溶ける。



❅             ❅



 ふぅ。ほっとする。

 オニオンスープの味は、コンソメベースでおいしい!あと、とろける玉ねぎ。みりねのパパすごい。冬の丘で、さみしいカエデに囲まれる。無機質な紙コップ。でも、暖かいおいしいスープと、みりね。あとすっごい景色。来てよかったかも。


「あっあれ、おれらの学校じゃね?」

「えっまじでー?うーん、、、。ぼく、視力CDだから、、、。」

「音楽流せそう、、、。」

「なんて?もしかしてしょーもないこと言った?」

「えへへ、なんも言ってないよ〜?」

「ほんと?まぁいいけど、みりねもそんなこと言うんだねーって思って?」

 展望デッキに立って、柵にもたれて、掠れた、色褪せた森の合間から見えたのは、目いっぱいのミニチュアのような建物と大地のカーペットのような畑たち。


 すごい、って言ったら。すごいでしょー、って。あ、これをドヤ顔って言うのかな、って顔。

 寒いね、って言ったら。ほんと寒いねー、って。吹く風に、目を細めちゃう。手をポッケの中に入れちゃう。


「そういえばさ、かっこよくなりたいんでしょ?」

「ん?うん、そーだよ。」

「教えてあげよっか?みりねより、詳しいかもよー?」

「なにその嬉しそうな表情!もしかして、やっと、みりねに勝てる部分でてきたーって思ってる?」

「そーだよ!!!べんきょー、たくさんみりねに教えてもらってるもん。ぼくも教えれたらなーって、」

「あー残念。間に合ってまーす。そういうのは、自分で調べるよー。」

「えええ。いつでも頼ってくれていいんだからね。」

「なにその不満そうな表情!」


 こんなすっごい寒い中で、こんな会話をした。ベンチに腰掛けて、猫舌だから、ゆっくりスープを飲んで。昼ご飯食べてから出発したから、もうそろそろ夕方。

 そろそろ帰ろっか。親には言ってるけど、底冷えする前に帰りたいよねー。なんて話して。




 ちょっと悲しくて、淋しくて、なんとなく帰りたくなくて。


 家の屋根が、斜陽を反射して。アスファルトが、斜陽を反射して。眩しくて、眩しくて。


 世界が、斜陽に染まって。この世界は、こんな色だせるんだ。


 そういえば、みりねと会ってから新しい世界に出会ってばかりで世界の限界を切り裂き広げてるような感覚。


 こんなに、鮮やかな世界があったなんて、って。思ったり。




――それは、みりねがなにか言おうとしたときだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る