第3話 入学式
「桜陽大学新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。本学は――」
桜陽大学学長、
優一は慣れないスーツを着込み、無意識に曲がりそうになる背中を意識的に伸ばす。朝出る前に鏡を見て、「自分にはまだ着こなせないな」と思った。
しかしながら、周囲に座る優一と同じ新入生は見事に着こなしている感じがして、何となく肩身の狭さのようなものを覚える。
「おい、めっちゃ緊張してるじゃねえか」
優一にだけ聞こえる声で、隣の席に座っていた男に話しかけられた。スーツを若干着崩しており、その見た目からは軽薄さを感じられる。
「……まぁ、入学式ですし。知らない人ばかりですし」
一瞬だけ、敬語で行くべきかタメ口で行くべきか悩んでから、優一は前者を選択した。
「おいおい、同じ一年だろ。タメでいいよタメで。オレ浪人とかもしてねーから。あ、それともそっちは浪人生?」
人によってはデリケートな質問を、ためらうことなく行う。その距離感の近さに優一は先程述べたものとは違う緊張を覚えた。
「あ、オレ
少なくとも学長挨拶をしている今すべきではない自己紹介を、蓮はこの場で済ませた。
(少し苦手な人種かもなぁ……)
優一は思いながら、「よろしく。俺は
「――きっと、皆様の高校生活は、流行病により多くが制限されたことでしょう」
「最後になりますが」と切り出した紀行学長のその言葉に、優一は高校時代を思い出さずにはいられなかった。
優一が入学した高校は例年、入学式には在校生たちが出席するはずが、優一たち高校一年生のみであった。
高校一年生のときは、規制により高校入学早々休校になり、例年行われるイベントのほとんどが中止になり。
流行病による規制が緩和されつつあった二年生のときも、修学旅行は規模を大幅に縮小されたものになり。
ピークが収まりつつあった三年生のときも、卒業式は短縮して行われた。
「――これから皆さんは、流行病の影響により以前とは大きく変化した社会を生きて行くことでしょう」
多くのニュース番組や、ネット記事でもそのことは取り上げられた。流行病が流行する前と後では、社会が全くもっと変わったと。
「――皆さんには、ここ桜陽大学でその社会を生き抜くための力を養う……とまではいかずとも、なにか一つでも糧になるものを得て卒業して欲しいと思っています。――それでは、皆さんの大学生活が実りあるものになることを願って、学長挨拶を終わりにしたいと思います」
言い終わって、紀行学長は丁寧にお辞儀をしてからその場を後にする。学長に当てられていたスポットライトが、司会を担当する教授に集中した。
「以上を持ちまして、桜陽大学入学式を終わります。学生の皆様は、後ろの席の方から会場を出てください。また、今後の日程は受付でお渡ししたスケジュールをご確認ください」
言い終わり、スポットライトが消える。代わりに全体を照らす照明が点いた。それを合図に、周囲がざわざわと騒がしくなっていく。
「なあ、さっきはごめんな。学長の話をあんな真面目に聞く奴だとは思わなくて」
そのざわつきに乗じて、蓮に改めて話しかけられた。
「いや……いいよ」
桜庭蓮という人物は、優一が思っていたよりしっかり相手のことを汲み取って話すのかもしれないと、優一の中で評価を改めた。
「この後暇か?」
「特に用事はないけど」
「ならよ、昼飯でも行かね?」
「あー……」
優一は少し思案する。現在の時刻はちょうど正午過ぎ。間食はしていないので、昼を食べるにはいい具合の腹の空き加減ではある。
ただ、初対面の人間と出会ってすぐにご飯というのは、優一にとって少々抵抗があった。
「あ、もしかしてあんま話したことない奴と飯食うのちょっと苦手?」
そんな優一の思いを鋭く読み取ったらしく、蓮が尋ねる。
「まぁ、そんなところ」
蓮の察しの良さに、優一も諦めて正直に話す。まだそんなに話した訳では無いが、蓮は軽薄そうな話口調や見た目に反して人並み以上に人を気遣える。優一にそう思わせるだけの何かが、蓮にはあった。
「そっかそっか。なら無理にとは言わねーよ。とりあえず連絡先だけでも交換しとこうぜ。同じ学部だし、履修登録やら授業やらで協力することもあるかもしれねぇし」
そう言って、蓮は自分のスマホにアプリのQRコードを表示してから差し出す。
優一は慣れない手つきでアプリのQRコードの読み取り画面を出し、連絡先の交換を済ませた。
「うし、じゃあ改めて。よろしくな。優一」
「よろしく。蓮」
じゃーなー、と手を振って蓮はその場を離れる。少しばかりその後ろ姿を見ていると、他の人に話しかけていた。その様子だけで、これまでの人生において彼に友達が多かったことを想像させた。
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