第2話 初対面と衝突

「いや……いやいやいや……」


 優一は美咲の部屋の前で頭を抱える。あんなのが隣に住んでいるだなんて聞いていない。健全な人生を歩んできた優一にとって、あれは刺激が強すぎる。しかも逃げるように扉を無理やり締めたものだから、美咲からの印象もよろしくないだろう。


 色々やらかした、と優一はため息をこぼさずにはいられない。正直もう家で荷解きに取り掛かってしまいたいが、挨拶を済ませることのほうが優先順位は高い。


 頭を振り、気を取り直してもう片方のお隣さんに挨拶をすることに決める。さすがに美咲のような人物が両隣にいるとは思えないが、優一は若干身構えて扉をノックした。


「はぁい」


 のんびりとした印象を受ける女性の声がして、優一の警戒は最高のものとなる。少し間をおいてから扉が開かれる。出てきたのは、先程の美咲と違いしっかりとした印象を受ける女性だった。少しゆったりめのロンTに割とピッタリのデニパンツを穿いていて、その上で黒のエプロンを身に着けていた。


「ど、どうも。隣の二〇二号室に引っ越してきた、桜陽大学おうようだいがく文学部一年生の優真優一といいます。これ、大したものではないですが……」


 言い終わってから、先程直樹にも渡した物と同様の紙袋を差し出す。


「あら、どうもご丁寧に……わたしは鈴木美加子すずきみかこといいます。専業主婦で、主人と息子が一人。今はいませんが……またいるときにでも紹介させてください」

「は、はい。では、失礼しました」

「あ、待って待って」


 優一がお辞儀をして部屋を後にしようとすると、美加子がそれを止めた。


「……なにか?」


 尋ねると、美加子は「ちょっと待っててね」と言い残し部屋の中へと入っていく。少ししてからビニール袋を手に戻ってきた。


「ほら、これ。お近づきの証。ちゃんとしたものじゃなくて申し訳ないけれど」


 半ば押し付けるように美加子がビニール袋を優一に渡す。軽く中身を覗いてみると、中には様々な種類のお菓子が入っているのが見えた。


「ちょっと前に買ったんだけどね。息子はスポーツの関係上あんまり食べないし、夫はもともとあまりお菓子を食べないしで、余ってたのよ。遠慮なく受け取って!」


 賞味期限とかは大丈夫だから、と美加子が付け加える。優一自身もそこまでお菓子を食べるタイプではないが、返却するのも気が引けて、促されるまま受け取った。


「じゃ、これからよろしくね。大学も頑張って」

「はい、ありがとうございます」


 美加子はにこやかに笑って扉を閉める。こっちはなんとかなってよかった、と優一は思わずにはいられなかった。


「はぁぁぁー……」


 美加子からもらったビニール袋を片手に、優一は若干錆のある鉄柵にもたれた。その時だった。


「おいお前さん! そこにもたれかかんな!」


 下の方から怒鳴られて、優一はビクリと肩を上げる。

 声がした方を見ると、直樹よりもかなり歳を取っている印象受けるおじいさんが立っていた。


「いいか。オレが見てなくとも、そこの柵には絶対に体重を預けんな」


 さっきほどではないにしても、注意というよりは怒った表情をしているおじいさんに、優一は若干の苛立ちを覚えた。


「なんでそんな勝手なことを言うんですか?」


 大家である直樹さんが言うならまだしも、見ず知らずのおじいさんに触れるものを制限される筋合いはないのだ。通りはこちらにあることを確信している優一は、堂々と聞いた。


「――フン」


 もう知らない、と言わんばかりに鼻を鳴らしておじいさんはどこかへ行ってしまう。


(なんだったんだ、あの人)


 大家である直樹の住む部屋の隣に入って行ったことから、しろつめ荘の住民であることは予想できるが……それにしてもな立ち振る舞いだった。

 引っ越し初日から不安を抱えながらも、優一は部屋に戻り荷解きを始めるのだった。

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