親不孝のささくれを抜く

となりのOL

親不孝のささくれを抜く

「ほら、あの子はささくれができているから」


 これまで、何度となく言われた言葉だった。

 母が病気で亡くなった後、やってきた後妻と血の繋がらない姉達。彼女達のせいで、私はまるで使用人のような生活を強いられていた。


 ――ささくれのできる子は親不孝。

 そんなよく分からぬ迷信のせいで、家の中のみならず、次第に周囲からも奇異の目を向けられて孤立していく。


「……痛ッ」


 まだ夜も明けぬ朝。

 朧気おぼろげな瞳でふと手元を見やると、右手の人差し指がささくれで赤く滲んでいた。


 ああ……これは、引っこ抜こうとしてもダメなやつだ。引っ張れば引っ張るほど、根は深くなり身が露出する。

 ささくれは、根元から切らないと……。そう思って、火鉢の僅かな明かりを頼りに、はさみに手を伸ばし時だった。


「……痛い」


 よく見れば、どの指もささくればかりだった。指の関節の皮膚もパックリと割れ、動かすたびにジクジクと痛む。

 ゆっくりとさすってみれば、両手はごわごわと固かった。


 この生活になって、早五年。

 かつての柔らかな手の感触は既に記憶の彼方に消え失せ、心はとうにすり切れていた。

 それでも懸命に働いてきたのに、周囲からは親不孝とののしられ、亡くなった母までもけなされる。


 ……もう、無理だなぁ。


 そう心の糸がぶっつりと切れて、傾いた頭を抱え、火鉢をそっと転がした。

 ぶわっと床に火種が散らばる。

 

 ああ、綺麗……。

 それはまるで、花火のようだった。その輝きに魅了され、徐々にパチパチと広がっていく火をひたすらに見つめる。

 

 いつしか炎は自分の目線を超え、勢いを増して家全体を包んで行った。

 ようやく事態に気付いた人々の叫ぶ声が聞こえ出し、カンカンカンと火事を知らせる音が遠く響く。


 ……お母さま、ごめんなさい。

 私はやはり、親不孝でした。


 できるたびに切って、なかったことにするのはダメだった。

 やっぱり、ささくれは痛くても根元から抜かないと。


 ああ、体が痛い。けれど、大丈夫。

 もうささくれは、できないから。

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