わたしのかみさま
鳥尾巻
夜更けの物音
最近、お肌の調子が良いの。手を使う仕事をしてるから、指先の皮もささくれていたけど。最近とても調子がいい。
結婚して2人の子供が出来て、家事や毎日の子供の世話、仕事に明け暮れ、自分のことまで手が回らなくて。夫は優しいけど寡黙な人で、私の荒れた肌を見てどう思っているのか分からない。
付き合っている時は「綺麗な手だね」と、褒めてくれたのに。最近は仕事が忙しいのか、帰りも遅い。私も子供を寝かしつけてるうちに自分も寝落ちしちゃう。だから綺麗になってきたこの手を見せたくても、会話すらままならない。
ねえ、見て。綺麗になってきたの。
そんな他愛のない会話をしたのはいつだったのか思い出せない。毎日が慌ただしくて、寂しいと思う心の隙間も空かない。ただ張りつめた風船のように何かが体の中で膨らんで、一突きで弾け飛びそうになっている。
その日も私は、愚図る下の子を寝かしつけている最中に、一緒に眠ってしまった。そんなに疲れているつもりはなかったのに、横向きになって頭に添えていた手が滑り、いつの間にか枕に顔を埋めて眠り込んでいた。
夢うつつに音が聞こえる。誰かがごそごそとベッドの上に乗り、私の傍に近づいてくる。
シーツに投げ出した手の上に、ごつごつと骨っぽい感触。半分夢の中にいた私は、その懐かしさすら感じる温もりに感覚を寄せていく。
音の方に寝返りを打つと、寝室のドアの隙間から斜めに差し込む明かりが見えた。影のように私を覗き込む夫の姿。その大きな手が、優しく肌の上を滑る。
何かぬるりとした感触がするのは、軟膏だろうか。匂いもべたつきもないサラサラとした薬。そっと塗り込むその武骨な指先を薄目で見ているうちに、少しだけ目の奥が熱くなった。
塗り終えると、夫は満足そうに頷いて、足音を忍ばせ寝室を出て行った。私が手を見て悲しい顔をしてるのに気づいてたのね。
明日起きたらお礼を言おう。きっとあなたは照れてそっぽを向くでしょうけどね。
わたしのかみさま 鳥尾巻 @toriokan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
あたし免許を鳥に行くの/鳥尾巻
★103 エッセイ・ノンフィクション 完結済 11話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます