十八色目 宝石藍(パオシーラン)

「陛下にお目にかかります」

青蝶せいちょうは慌てて跪いた。

「余と君の仲だ。跪かなくてもよい」

「い、いえ。侍女たちがおりますゆえ…」

そう言うと、光耀こうようは微笑した。

「青蝶。君に礼を言わなければ。…ありがとう」

この人はいつも勘違いさせる。これは恋なのではないかと。

「君と、丹碧たんへきは仲がいいと聞いてね」

光耀はここに来ると、丹碧のこと話さない。

「いつかきっと、姉姉ジェジェと呼ばせてみせます」

すると、光耀はにっこりと微笑んだ。

(もう…勘違いさせないでくれ…)

光耀と一緒に庭を歩いていると、いつも不安になる。この人はいずれ、自分を捨てるのではないかと。丹碧と比べると、自分は一介の妃にすぎない。いつ捨てられてもおかしくはないが、捨てないでほしい。そう、強く願ってしまった。

(そんなことを願ったって、この人はいずれ…)

「ああ…。君が、ずっと後宮ここにいてくれたらなぁ…」

涙が溢れそうになった。ずっと言ってほしかった言葉だから。

(駄目だ…。忘れられない…)

いつ捨てられてもいいように、この人を忘れようとしたが、いくら頑張っても無理だった。忘れようとしても、またよみがえる。光耀の声や、手のぬくもり。何から何まで頭から離れない。

「おそばに…いてもよろしいのですか…?」




おそばにいてもよろしいのですか、と聞かれ、光耀は返事すらできないでいた。

「君は…後宮にいたいの?」

寵愛ちょうあいが得れなくても?と言いたくなったが、ぐっと堪える。

「はい…!」

青蝶には、「まとめ役」としていてほしい。

はい、と言われ、冷ややかな目で青蝶を見て、その場を去った。



その場を去ったあと、青蝶の父である、徐 烏劣じょ うれつ出会でくわした。

「…烏劣殿にお目にかかる」

「お気に召されないようですなぁ。誠に残念です」

この者は下級役人だったが、いつの間にか刑部尚書けいぶしょうしょになっていた。

「気に入らないわけではない。…ただ…」

烏劣は殺気溢れる目で、光耀を見つめてくる。

「ただ…なんです?青蝶以外に、寵妃ちょうひがいると?」

光耀は、また返事をすることができなかった。

「…失礼する」

(怖い親子だ…)

心の底からそう思ってしまった。




(寵妃すらいないのか…)

自分の娘を大事に思っていたかったようだが、それはそれでいい。

(後宮のはなも、そう長くはたない。いずれ、青蝶の時代が来る)

池の近くに咲いている、小さな茉莉花まつりかを見つめて、自分の執務室に戻った。




「失礼いたします」

丹碧の侍女である、秋霖しゅうりんは烏劣の部屋の扉を開けた。

「秋霖か。入れ」

「…今日までありがとうございました」

秋霖は今まで、烏劣の間諜としてやってきた。だが、これ以上、丹碧のそばを離れたくないので、間諜をやめることにした。

「恩知らずな娘だ。誰のおかげで後宮に入れた?」

「あなたさまのおかげで、後宮に入れたのは充分承知です」

そう言うと、烏劣はにやりと笑う。

「そなたの代わりはいくらでもいる。丹碧という奴に、精いっぱい仕えよ」

「…感謝いたします」

秋霖は急いで部屋を去った。

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