十四色目 辰沙(チェンシァ)

(暗い…。まさか、拐かされるなんてな…。怖い…)

暗いところは大嫌いだ。あのときを思い出すから。

(誰か…助けてはくれないだろうか…)

そんなのは、甘い考えだ。ここは人気ひとけのないところで有名の場所。時折、幽鬼ゆうきが出るそうだ。

(幽鬼か…。人よりましだ…)

どうにかして脱出しなければならない。

(早く、丹碧たんへきさまのところへ行き、報告せねば…)

ふところから短剣を取り出し、かんぬきを切る。

(あっさり…出れたな)

何かが変だ。誘拐するなら、徹底的に誘拐しなければならない。宦官かんがんなら余計に。

(見張りが、誰もいないのか…)

短剣を懐に戻した。

早足で戻っていると、誰かの話し声が聞こえてきた。

「何?!あの宦官を逃しただと?!あれは、いい獲物になったというのに!どう責任をとってくれる!早く探し出せ!!」

男の声だ。だが、後宮に男はいない。と、いうことは、ここは後宮ではないということだ。

(進むか…戻るか…)

宵燕しょうえんは用意されていない、三つ目の道に選ぶことにした。

三つ目の道は、ここに残る、だ。

(ここが後宮内ではないということなら、陛下にかくまってもらおう…)

宦官の身でありながら、皇帝に匿ってもらおうなど、あるじ寵妃ちょうひでなければ考えられなかった。また、丹碧に命を助けられた。


「陛下…」

窓の外から、皇帝である、光耀こうようを呼んだ。宦官が皇帝を呼ぶなどありえないが、今はそのようなことは言ってられない。丹碧の命が危ういかもしれないのだ。

「どうした?宵燕。表から入らぬか」

宵燕は首を勢いよく振った。

「なりません。わたくしめは今、つけられておりますゆえ…」

「もっと早く言え!」

いつもは優しいはずの光耀が、今日は大声を出した。その声は、記録しておきたいくらいの美声だった。

「すみません。失礼いたします」

「で、どうした」

光耀は茶を出してきた。皇帝が宦官に茶を出すなど、先代までの皇帝ではありえないことだ。

「お、お茶は…結構です…。一介の宦官が、陛下にお茶を出していただくなど…」

光耀が団扇うちわで仰いでくれる。

「へ、陛下?!」

「そなた、すごい汗だから暑いのかと…」

至れり尽くせりだ。幸せすぎて、手が震えた。丹碧には申し訳ないと思いながら、皇帝に世話をされる、という幸せを噛み締めた。

「ところで、どうした?」

陽春ようしゅんが入ってくるが、何も聞かずに、茶を出してくれた。

今日は今までで、二番目に幸せな日だ。

「ありがとうございます。陽春さま」

「いいえ。黄充儀には、私がきちんと伝えておきますから、今日はここでお休みください」

陽春が、気を使うように優しく言った。

「陛下。陽春さま。助けてください」

宵燕はいきなり跪くので、ふたりが慌てている。

「ど、どうしたのだ?腹でも痛いのか?」

ぽろぽろと涙を流す宵燕に、陽春が手巾しゅきんを渡す。

「どうぞ、使ってください?」

「ありがとう…ございます…」

陽春は、下の者にも優しい。

「で?本題に入ろう。何を助けと欲しいのだ?」

「丹碧さまを…助けてください…!」

そう言うと、ふたりは目を丸くした。




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