十三色目 灯草灰(タンツァオホイ)

(死ぬ…かと思った…)

あの者ー梁淑妃りょうしゅくひに、触れられるのはきらいだ。今まで散々、自分をいじめてきたから。

丹碧たんへきさま…。怖かったです」

(何をいっているんだ!私は!)

主人に甘えるなど、あってはならない。だが、この方には、つい甘えてしまう。

「ごめんね…。守れなくて…」

なぜか丹碧は謝った。

そして、宵燕しょうえんの頭を撫でる。「丹碧さま…?なぜ…」

丹碧は、とある物を差し出した。

「…これ、よかったら。私が刺繍ししゅうしたの。もっと上等で、不格好ではない物をあげれたらよかったのだけど…」

ごめんね、と謝るが、宵燕は嬉しかった。誰かに、物をもらったことがなかったから。

手巾しゅきんには、牡丹ぼたんが刺繍されていた。手巾の中の牡丹は、美しく咲いている。まるで、丹碧のようだ。

(なぜ私が、牡丹が好きとわかったのだろう…)

宵燕が好きなものは、彩碧宮さいへききゅうの者は誰も知らない。どうやって知ったのだろうか。

「ひとつ…伺ってもよろしいですか?」

「ええ。いいわよ」

丹碧は優しく微笑んだ。前の主人だったら、棒撃ちされていただろう。主人に無礼ではないか、と。意味不明なことを言われて。

「なぜ、わたくしめが…牡丹が好きだとわかったのですか…?」

「なんとなくね。あなたは…「宵燕」は、牡丹が好きかな…と思って…。合っていたら嬉しいわ」

主人に初めて、名を呼ばれた。今までは、名を呼ばれるどころか、顔すら合わせてもらえなかったのに。

(初めてだっ…。こんなこと…)

なぜだかわからないが、涙が止まらない。

恐らく、嬉しいのだ。名を呼んでもらったことが。何かをもらえたことが。

「ありがとう…存じます…!丹碧さま…!」

この手巾は、一生の宝になりそうな予感がした。いや。予感ではない。もうなっている。宵燕は手巾をなくさないよう、ふところに入れた。

「では、失礼いたします」

「ええ。喜んでもらえてよかったわ。また、来たいときにいらしてね。お茶でも飲みに来たらいいわ」

丹碧は、信じられないことを言った。宦官かんがんきさきと茶を飲むなんてことは、絶対にありえない。だが、この人にとっては、当たり前のことなのだろう。

(不思議な人だ。さすが、寵妃ちょうひさまだな)

皇帝が、寵愛ちょうあいするだけある。

世継ぎには困らないだろう。この人がいる限り。


宵燕は退室したあと、とあるものを見た。

(…なんだ…?)

ふたりくらいの者が、彩碧宮の中でこそこそしている。

(刺客か?だとしたらまずい。戻って、丹碧さまをお守りせねば…)

戻ろうとすると、足音を立ててしまい、刺客らしき者にバレてしまった。

「うっ…」

後頭部を殴られ、宵燕は意識を失った。

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