十二色目 紫水晶(ツーシュイチン)

(今頃、罰を受けているでしょうね)

ふふっ、と楽しそうに笑った。

淑妃しゅくひさま、いかがなさいましたか?」

侍女の紫翠しすいが、そう聞いてきた。

「いかがも何も、あの忌々しい女をつぶせたのよ?楽しいに決まっているでしょう?」

華雲かうん茘枝れいしを口にした。今にも人を引っかきそうな長い爪で。

「次の敵は黄充儀こうじゅうぎよ。…待っていなさい」

今、寵愛ちょうあいを独り占めしている妃だ。

(寵愛を独り占めするなんて、身の程知らずめ…)

つくえを拳で叩きつけた。

紫翠しすい、毒針を用意なさい。早く準備するのよ?いいわね?」

「かしこましました。淑妃さま」

失礼いたします、と言い、紫翠は下がった。

(わたくしがしっかり、後宮がどういう場所か、教えてあげないとね)

華雲は紫水晶の絹団扇きぬうちわを持ち、どこかへ向かった。




(どなたか、いらしたのかしら?)

宵燕しょうえん!いる?!」

丹碧たんへきは、宦官かんがんの宵燕を呼んだ。

「はい。こちらに。いかがなさいましたか?…丹…碧さま」

丹碧は、侍女や宦官たちに、名で呼ぶよう言っているのだが、宵燕だけはまだ慣れないようだ。

「無理しなくて大丈夫よ」

「…申し訳ございません…」

宵燕は丹碧に仕える前、とても厳しい人に支えていたらしく、笑顔すら失っている。

「…ご主人さまの名前を言うのは…その…初めてで…。申し訳ございません…」

どんなに厳しい人だったのだろうか。申し訳ございません、しかあまり言わない。

(ずっと、いじめられていたのかしら…。だとすると、物をもらったことはなさそうね)

丹碧は、自分で刺繍ししゅうした手巾しゅきんをあげようと思ったが、やめた。こんな不格好なものをあげてよろこぶはずがない。

(で、でも、今までで一番、よくできたやつだから…)

「丹…碧さま…。いかがなさいましたか?手巾を握って…」

「な、なんでもないの!大丈夫!」

宵燕はとても心配そうに、丹碧を見つめた。

「お顔の色も優れません。太医たいいをお呼びいたしましょうか…?」

「だ、大丈夫!そ、そんなことより…どなたかいらしたみたいだわ」

「そんなことではございません!すぐに太医をお呼びいたしますので!」

丹碧は宵燕の手を強く握った。

「…呼ばないで…。いらした方を、早くお通しして…」

「はい…。申し訳…ございません…。では、行ってまいります」

(どんな厳しい人に仕えていたのよ…)

事情を聞こうと思ったが、宵燕のことを詳しく知っている者は、この宮にはいなかった。

「黄充儀さま。お客さまがお見えです」

宵燕が言った「お客さま」は、とても豪華な衣を着ている。正二品の者ではなさそうだ。だとすると、正一品の人だろう。

(この方が、梁淑妃さま…)

「梁淑妃さまにお目にかかります…。ご機嫌麗しゅう…」

一番来てほしくなかった人だ。他の四夫人よんふじんの方は、みな優しい人ばなりだが、この人だけは、他の妃にいやがらせをしたし、自分に仕えている人をいじめたりする。妃にふさわしくない人だ。

(こんな人が後宮に入れたのは、この方のお父さまが右丞相うじょうしょうだから、と陛下が仰っておられた…)

「黄充儀。あなたの女官や宦官は、本当に礼儀がなってないわね。特に、この者!」

梁淑妃は、宵燕に指を刺した。さすがに我慢できない。

「宵燕の、何がいけないんですか…?」

怒りで全身が震える。

「すべてよ。あなたの教育がなっていないせいで、あの子はあのままなのだわ。それから、この宮は何?お茶ひとつ、出さないなんて。礼儀がなっていないにも、ほどがあるわ!!」

「…お帰りくださいっ!!」

丹碧の声が、部屋中に響いた。

「わたくしに帰れですって?生意気な!」

梁淑妃は、机に置いていた手巾を見る。

「これは何?」

「手巾です」

「誰かにあげるの?陛下とかに?」

馬鹿にしたような笑い方をした。

「いいえ。違います。…宵燕に」

「ふふ。あはは!やめておいた方がよろしくてよ!この子に、手巾なんて似合わないわ」

梁淑妃は宵燕の頭を撫でているが、宵燕はとてつもなく怯えている。

(…まさか…)

もっと早く気づくべきだった。

「お帰りください!!その者は怯えているでしょう?!おやめください!」

「なんですって…?」

梁淑妃は丹碧のことに睨んだ。こんなことは体験したことがないので、どう宵燕を守ってあげればいいのかわからない。

(悔しい…)

「お帰りください!!淑妃さま!私の者に手を出すことは、断じて赦しません!」

「手を出すですって?…わかったわよ。帰ればよいのでしょう?では、また来るわね」

丹碧は梁淑妃を睨み返した。

(…勝った…!)

梁淑妃は丹碧の部屋を出ていった。


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