十一色目 長春花色(チァンチュンホワスー)

春霊は、皇帝付きの陽春ようしゅんにとある報告を受けた。

「そう。連絡ありがとう。それより、久しぶりね。まさか、皇帝付きになっていたなんて…」

「もう、あなたさまと私は関わらないと言ったはずです。わたくしめのことなど、忘れてくださいませ」

「忘れられるわけがない!」

心配のあまり、春霊は大きな声が出た。

「それでもです!それでも!…忘れてください…。約束したはずです!それでは、失礼いたします」

(わたくしよりも、いい主人を見つけてしまったのね…)

陽春は元々、春霊の侍従だった。一番信頼したし、一番可愛がった。弟ができたようで嬉しかったのだ。

「春霊さま…」

心配そうに、春霊の侍女、麗姫れいきが声をかけた。

「大丈夫よ。あの子は、自分の道を歩み始めただけ。陽春が幸せなら、わたくしはいいのよ…。心配ありがとう。麗姫。あなただけは、そばにいてね?」

これ以上は耐えられない。誰かに裏切られることに。

「ご心配なさらず。わたくしは一生、春霊さまのおそばにおります」

「ありがとう」

春霊は鏡を見ながら礼を言う。

「お召し物は、どれになさいますか?」

麗姫が出してきたのは、春霊が似合いそうな衣ばかり。麗姫が一番、春霊の好みをわかっているのかもしれない。

「では、この長春花色の襦裙じゅくんでお願い」

「かしこまりました。簪は…」

ひとつずつ決めていく。その時間はとても楽しい。

しばらくして、すべての準備が整ったみたいだ。

「大変美しゅうございます。春霊さま」

長春花色の襦裙に、珊瑚さんご歩揺ほようが目立っている。紅は薄い朱色で、花鈿かでんは金色だ。

「ありがとう。そろそろ、陛下がいらっしゃる頃かしら?」

「はい。今いらっしゃいました」

春霊と、春霊の侍女たちは、慌てて跪く。

「陛下にお目にかかります。ご機嫌麗しゅう」

「楽にせよ。徳妃、今日は琴を弾いてくれないか?」

光耀こうようの合図で、みな一斉に立ち上がる。

「もちろんでございます。陛下。今すぐ準備させますわ」

春霊は琴の名手で、その腕は宮廷楽師きゅうていがくしにも劣らない。

「お持ちいたしました」

麗姫が、琴を持ってきてくれた。

「ありがとう。麗姫」

「いいえ。それでは、失礼いたします」

麗姫はなんだか嬉しそうだ。春霊は、麗姫に釣られて笑顔になった。

「では、弾いてくれ」

春霊が引いたのは、とても悲しげな曲。この曲は、悲恋を主題にした曲だ。皇帝の前で弾く曲ではないとわかっていても、なぜか弾いてしまう。妃嬪ひひんであれば、誰でも弾きたくなるだろう。

「悲恋を主題にした曲か…」

バレてしまった。光耀は音楽にも詳しい。最近は、色の勉強をしているようだ。ただし、あちらの色ではない。

「…お気づきに…。そう言えば、わたくしの侍従だった者は、お役に立っておりますか?」

琴を弾きながら話す。

「ああ。とても…」

「陛下。この曲がお気に召されません?」

光耀は来てから、酒ばかり飲んでいる。

「いいや…。ただ…。ん?」

「どうされました?さかずきをご覧になって…」

「お前…」

光耀から、信じられない言葉が出てきた。

「余を…私を殺す気か!!」

光耀は杯を勢いよく割った。

「何をおっしゃるんです?!わたくしめはそのようなこと…」

「そんなこと、よく言えたものだ。見てみろ。杯に、毒が塗られてある。これでも、しら切るつもりか?」

何がなんだかよくわからない。もしかしたら、春霊のことを快く思っていない者が、毒を仕込んだのかもしれない。例えば、梁淑妃りょうしゅくひとか。

「もうよい。帰る」

やはり、この人は、丹碧しか想っていないようだ。

「…あなたのせいですわよ。梁淑妃…」

この恨みは、倍にして返すと、心に決めた。

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