十色目 紅蓮灰(ホンリェンホイ)

妹妹メイメイ!戻ったのね?!」

妹、と呼んでくれるこの人は、範 香月はん こうげつだ。また、丹碧たんへき姉姉ジェジェと呼ぶときもある。

妃嬪ひひんの中で、丹碧が一番仲のよい人だ。

「戻ったわ。でも、何もされなかった。心配ありがとう。姉姉」

香月が丹碧の手を取る。

「心配するのも当たり前よ。私にとってあなたは、妹みたいな存在なのだから」

敵が多い後宮で、姉のような人がいるのは、とても心強い。

「ありがとう。嬉しいわ」

「そうだ。妹妹。おいしいお菓子があるのだけれど、食べに来る?」

橋の向こうから、ある人がやって来た。

「わたくしも、ご一緒していいかしら?」

少し強めないい方をしているが、どこからか、優しさを感じられるこの方は、徳妃とくひである、石 春霊せき しゅんれいだ。

春霊は普段、他の妃と仲を深めるべく、いつも一緒にお茶を飲んだりしている。春霊は物知りで有名らしく、一緒にお茶を飲みたい人が後を絶えない。

「ええ。もちろんですわ。妹妹、あなたはどう?」

香月は、丹碧にも意見を聞いてくれた。

「ぜひ。徳妃さまと、一緒にお茶が飲みたいですわ」

春霊はなぜか、むすっ、としている。他の妃と何かあったのだろうか。

「何か…あったのですか…?」

控えめに丹碧が聞く。

「ええ。重大なことが」

「どうなされたのです?」

今度は、香月が聞いた。

「どうなされたもなにも…。あなたたちが羨ましいの!後宮にいる者はみな、姉妹みたいなものでしょう?わたくしのことも、その…姉姉…と呼んでくださらない?」

春霊は、顔を真っ赤にさせながら言う。

「よろしいのですか?!では、姉姉!」

香月はもう懐いている。この人が懐くのだから、春霊はいい人に違いない。

「あなたも呼んでごらんなさいよ。妹妹」

自分の番がいきなり来て、丹碧はびくっ、とした。

「えっ、えっと…。じぇ…姉姉…」

すると、春霊が優しく頭を撫でてくれる。

(こ、こんなにいい方だったの?!)

「行きましょう?妹妹たち」

丹碧と香月は、春霊に手を取られ、春霊の宮、煌苑宮こうえんきゅうへ向かった。




(今日の夜伽よとぎの相手は誰にしようか…)

その頃、光耀こうようは妃の名前が記録されている帳簿を見ていた。

(やっぱり、丹碧…。だめか。最近、毎日通っているから、丹碧が疲れているかもしれぬ…。となると…。うーん…。丹碧以外の者と夜伽はしたくないし…)

自分で考えても、さっぱり浮かばなかったので、光耀付きの宦官かんがん陽春ようしゅんに聞いてみることにした。

「陽春!陽春!いるか?!」

「はい。ここにおります。いかがなさいましたか?」

この者は、実は宦官ではないが、その話はまた別の機会に。

「今日の夜伽の相手を、まだ悩んでいるのだ…。もう夕暮れで、とっくに決めねばならぬのに…。すまない…。陽春…」

「いいえ。ぎりぎりまで悩んでください。どうしても決められない場合は、わたくしがおすすめの娘を選んでも?」

光耀は帳簿をぽん、と投げた。

「そうしてくれ…」

「かしこまりました。では、この娘はいかがてすか?」

陽春は、帳簿をすべて暗記しているかのように、その妃が載っているぺージを開いた。

「その妃嬪は確か…徳妃か?…なぜ」

「今日、後宮を見ている際、この者と、近頃陛下がお気に召されている、黄充儀こうじゅうぎが仲がよいところを見ました。ですので、黄充儀の嫌味は言わないかと」

「それはよい。では、その娘にしてくれ」

「御意」

それだけ言い、陽春は退室した。


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