九色目 海藍(ハイラン)

「見て欲しいのはこれだ」

青蝶せいちょうはとあるかんざしを、丹碧たんへきに見えた。

「綺麗な海藍…」

「君は、本当に色が好きなんだね。これを、君にあげるよ。私には似合わないし」

藍玉があしらわれた歩揺ほようをあげた。

(陛下は酷いことをなさる…)

実はこの簪、皇帝である、光耀こうようからの贈り物だ。

青蝶は簪を羨ましそうに見た。自分だって、皇帝に寵愛ちょうあいされたい。「愛している」と言ってほしい。

(簪を贈る、ということは、この者は未来の寵妃ちょうひさまだな)

少し羨ましいだけで、憎くはない。

「よかったね。黄充儀こうじゅうぎ。おそらく君が、今の後宮で一番の寵妃だ」




「それは…どういうことですか?…あっ」

簪の意味に気づいてしまった。

(気づきたくなかった…。友のような感覚でいたかった…。あのまま…)

贅沢を言っていることは、痛いほどわかっている。だが、友として、光耀に寄り添いたかった。

「賢妃さま。お願いです。その簪は、まだ受け取れないと、陛下にお伝えください」

と言うと、賢妃は烈火のごとく怒る。

「なんだって?!ろくに寵愛を受けられない妃が山ほどいるというのに、君は…!」

「申し訳ありませんっ!」

丹碧は青蝶に頭を下げた。

「わかった。君はまだ、寵妃になる覚悟ができていない。そういうことだろう?」

わかってくれたようで、安堵した。

(安堵してはいけないのでしょうけれど…)

光耀も光耀だ。他の妃に、こんな大事なことを任せるとは。

「陛下になら、怒鳴ってもいいよ?今は執務室にいるはず」

いくらなんでも、怒鳴り込みにはいけない。

「ど、怒鳴り込みはちょっと…遠慮しておきます。淑妃しゅくひさまに、殺されたくないので…。ま、まさか…!賢妃さまは、陛下に怒鳴り込みをされたことが?!」

青蝶は自慢するかのように、あるとも、と言う。

(けれど、陛下には、賢妃さまのようなお方が必要なのでしょうね)

光耀は、いつもひとりだ。青蝶のように、本音で話してくれる人はありがたいに違いない。

「でもね、この簪は受け取っておきなさい。気に入ってくれたかい?とか聞かれたら、はい、気に入りました〜。と流しておけばいい。あ、棒読みはだめだけどね」

青蝶はくすくすと笑った。

丹碧と一緒に来ていた朱蘭しゅらんが、青蝶に話があると言うので、丹碧は退室した。




「どうしました?貴妃さま」

青蝶が敬語を使うと、どうしても落ち着かなくなる。

「青蝶。わたくしたちの仲よ。ふたりのときは、敬語と敬称はよして」

「うん。わかった。で?本当にどうした。君が私に用事なんて、珍しいね。もしかして、淑妃さまのことで、何かあったのかな?」

朱蘭は深く頷いた。

「そうなの。また、新しい子をいじめたみたいで…」

皇后こうごうがいない今、後宮を取り仕切っているのは貴妃である、朱蘭だ。

淑妃である、梁 華雲りょう かうんに、日々悩まされている。

(梁淑妃のお父さまが宰相さいしょうでなければ、陛下に報告できるのだけれど…)

これまでの悪行を、陛下に報告できない理由は華雲の父が、この国の右丞相うじょうしょうだからだ。右丞相は皇帝の次に尊い方で、華雲の悪行を報告すると、右丞相を敵に回してしまうことになる。右丞相を敵に回す、ということは、梁家を敵に回すということ。今勢いのある、梁家を敵に回せば、朱蘭の実家である、きょ家はただでは済まない。

「困ったものだね。宰相も、悪いことをしている。いい機会なんじゃない?」

朱蘭は首を振る。

「だめよ。わたくしたちが、つぶれるだけだわ。…そうだ!黄充儀を昇進させる、というのはどう?徳妃もあの子を気に入っているみたいだし…」

朱蘭の提案に、青蝶は賛成してくれた。

「そうだな。いい案だ。何を言ったって、あの子は皇帝の寵妃さまだしな」

「そうね。わたくしたちが頑張りましょう!梁家の陰謀を阻止するのよ!」

「ああ。頑張ろう」

ふたりの挑戦が、予告もなしに始まった。

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