七色目 月季紅(ユエチーホン)

妃嬪ひひんたちは毎朝、「朝礼」というものがある。

報告もなく遅れたり、欠席したりしたら、正一品の四夫人よんふじんが押しかける、という事態になる。

皇后がいない今、後宮を取り仕切っているのは四夫人たちだ。

(遅れたら、どんな罰が降るか…)

考えただけでぞっとする。

四夫人の中でも一番怖いのはやはり、淑妃である、梁 華雲りょう かうんだ。

この者だけは怒らせてはいけない。

丹碧たんへき!早く!」

今手招きしているのは、丹碧の一個上の位で、修媛しゅうえんの範 香月はん こうげつだ。

「お姉さま…。私…間に合った…?」

全力疾走で来たので、息が上がっている。侍女や宦官たちにも、申し訳ないことをした。

(今度は、余裕を持って来ないと…)

「ええ。間に合っているわ。もうすぐ、正一品の方々がいらっしゃるから、席に着きましょう?」

「はい…」

「四夫人がお見えになりました」

女官長にょかんちょうがそう告げる。

それと同時に、妃嬪たちは一斉に頭を下げた。

「頭を上げなさい」

優しい口調でそう言ったのは、四夫人の中でも最上位の妃、貴妃きひである、許 朱蘭きょ しゅらんだ。

『感謝いたします』

妃嬪全員で礼を言い、席に着いた。

「おや?黄充儀こうぎゅうぎ。息が上がっているね。走って来たのかな?」

賢妃けんひである、徐 青蝶じょ せいちょうが丹碧に声をかけた。

「は、はい…。申し訳ありません…」

「私たちはよいけれど、時間には気をつけなさい」

ふんっ、とそっぽを向いた妃は、徳妃とくひである、石 春霊せき しゅんれいだ。

「早く始めましょう。みなさま」

どこからか声が聞こえてくる。その声の主は、梁淑妃りょうしゅくひだった。

「わかったよ。待たせた悪かった」

徐賢妃が梁淑妃の肩に手を置いた。

「下級役人の娘が、わたくしの身体に触るなんて…!…やめてちょうだい!!」

梁淑妃の声が部屋に響く。

「なんだって?!それは昔のことだ!!今では、父上は財政を司る戸部こぶ尚書しょうしょ!言いがかりはやめてほしいね!!」

「まぁまぁ、そこらへんに…」

許貴妃がふたりの喧嘩をなんとか止めた。

「あとからまた来い!」

「ええ!行ってさしあげますとも!!」

ふたりが喧嘩している間、丹碧は月季紅のとばりを見てみた。

(綺麗だなぁ…。月季紅の帳…)

帳を見つめていたら、いつの間にか朝礼が終わっていた。


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