五色目 紫薔花(ツーウェイホワ)

「なぜ、瓦に登っていた?」

皇帝の、光耀こうように言われた。

「…えっと…それは」

と躊躇いながら話す。

「私は色好きで、瓦の色が気になって、瓦に登ったんです。ですから、陛下にお化粧をしていただいているとき、とてもわくわくしていました。…化粧品の色何もかもが綺麗だったので…。こんなところです」

「なるほど。そなたが瓦に登っていたのは、色が気になったから、というわけだな。よくわかった」

驚きすぎて手が震えている。今まで、この話をしてわかってくれる人はいなかったから。

(わかってくれるというか、馬鹿にされていた…。無駄な能力だと…)

苦しかった。馬鹿にされることが何より。

「そなたに、紹介したい者がいる。あの者なら、きっとわかってくれるだろう。そなたのように、苦しんでいたから」

思っていたことをすべて言われて困惑した。

「なぜ…わかったのです…?」

「なんとなくだ。余の後宮には、そなたみたいな者が多い。親に能力を気付いてもらえず、発揮できずにいた者が後宮には多いのだ」

安堵した。変なことを言ってしまったのではないかと、不安になっていたから。

「ありがとうございます…!後宮に来れてとても幸せです!」

まさか、こんなことを言う日が来るとは夢にも思わなかった。

「ひとつだけ、願い事を言いなさい」

噂ではこの皇帝は、初めて夜伽よとぎをした者に、願い事をひとつだけ叶えるのだとか。

(この方はすごい。今まで、私たちが願い事をひとつも言えずに育ってきたことを知っている…)

「なんでもよい、とおっしゃるのなら、一緒に瓦に登りたいです」

「…は?」

「駄目…ですか?」

やはり駄目だっただろうか。丹碧はがっくりと肩を下ろす。

「駄目ではない。それが、そなたの…黄 丹碧の望みか?」

「はい!」

丹碧は精いっぱいの笑顔を作った。

「では、そんな謙虚なそなたにひとつ、贈り物をやろう」

豪華な箱を光耀が持ってくる。

「そなたのために用意した、簪だ」

紫薔花の簪。紅水晶べにすいしょうで、できているのだろう。

(綺麗な…桃色のかんざし…)

 ため息が出るほど美しい。丹碧はうっとりと眺めた。

「気に入ってくれて何より。さて、いつに登ろうか。あしたの方がよい気がする。人気ないところを余は知っているので、そこを登ろう。…楽しみだな」




光耀は何かを楽しみと思ったことがない。

初めての感覚にどきどきする。

(初めての感覚だ。もしかして、この者は一番の寵妃ちょうひになるのだろうか。なぜかそんな予感がする。…国を滅ぼす予感が)

ある意味、怖い妃だ。

この者に溺れないよう、努力しようとするのはもう少し先の話なる。

「陛下!この色の名前、ご存知ですか?」

「…教えてくれ」

この者しか愛さなくなることは、今の光耀にはわからない。

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