三色目 青蓮紫(チンリェンツー)

(先ほどのは、いったいなんだったのだ?)

光耀こうよう付きの陽春ようしゅんに聞いてみることにした。

「お帰りなさいませ」

「ただいま。…新しい妃嬪が入ったそうだな。今日、その者に会ったかもしれない」

かもしれないとはなんですか、と聞かれた。

どう説明するのが一番よいだろうか。

「えっと…それがな…。妃というのは、屋根に登ったりするものなのか?」

そう質問すると、陽春は「は?」という表情をしている。

「しない…よな…?」

「ええ。しません。妃嬪というのは、あなたさまに従い、あなたさまの子を成す者。そのような野蛮な妃嬪はいないでしょう」

そう言われて安堵した。

「そうか。よかった。だが、あれは妃嬪の格好をしていた。間違いない」

屋根に登る妃嬪は初めて見た。

「そ、そうだったのですね。では…見間違い、ということは?幽鬼ゆうきとか…」

「見間違いではない。幽鬼など、物騒なことを言うな」

「失礼いたしました」

光耀はにやりと笑った。

「今日の夜伽よとぎは、そのおもしれい者にする。おそらく、黄充儀だ」

「…かしこまりました。陛下、あの者の影響を受けて、屋根などに登らないでくださいね」

「馬鹿を言う。余はそんなことで影響されない」

こんなことを言うのではなかった、と後日後悔することになる。

陽春が退室したあと、光耀は箱に入れてある青蓮紫の上衣下裳じょういかしょうを見つめた。

(完璧な王など、この世のどこにも存在しない。そんなことを思う私は、王にふさわしくない)

捨ててしまいたい。そう思った。

愛する人も作れない、この孤独な立場など。

(…捨ててしまいたい)

そうすれば、幸せになれるだろうか。

「陛下、今宵の相手は黄充儀です」

今宵も妃嬪が来た。作り笑いの笑顔で。

(…は?)

妃嬪はいつも笑っているものだと思っていた。

今日はおかしな妃嬪が来たようだ。

今にも、帰りたそうな顔をしている。

さて、どう遊んでやろうか。

このいかにも不機嫌そうな妃嬪を帰りたくない、と言わせるまでが光耀の役目だ。

(今日は何をしよう)

いろいろな意味で、楽しみだ。




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