第2話 たとえば東くんの場合
おれはコンビニが好きだ。
理由はいろいろあるが、24時間営業なのが何よりも素晴らしい。いつも、誰にも、どこにでも。どこにもいく場所がなくてもコンビニはやってるし、どこに行きたいわけでもないのに結局コンビニにたどり着く。そういうところが好きだ。
だから、コンビニに知り合いがいると、おれは嫌な気持ちになる。まるでそいつに会いにきたかのような、そうすることが待ち伏せされていたかのような、そんな気持ちになる。なにかをしようとおもってくる所ではないのだ、コンビニは。
つまり、近所のコンビニで一番嫌なのは、店員が顔見知りなことだ。
「あれ、東くんやんか。珍しいなあ、どうしたんタバコか?」
「……おい、まずイラッシャイマセだろ。接客どうしたんだよ」
渡辺は「なはは」と大きな笑い声を上げる。身体が大きすぎるせいで、後ろのタバコの棚に頭をぶつけそうだ。
「東くん、やっぱりおもしろいわあ。そんなにオレの接客ほしいんだったら、もっとうちのコンビニ来てくれや。いくらでも挨拶したんで」
だから来たくないんだよ……、とは口が裂けてもいわない。そんなこと言おうものなら、ここで30分はコイツと話すことになる。口から出たものは悪口であれ、なんであれ全部コミュニケーションだと思ってしまうのだ。コイツは。
「いいからタバコくれ。ひゃく……」
「アメスピやろ?アメスピのゴールド。もう、用意してんで。おれな、今日東くん来るような気しててんなあ。こういう予感オレあたんねん。ほれ」
渡辺が顎でしゃくる。『年齢確認』のボタンを押せということなんだろう。そういえば、おれが来る前から画面が変わってたな。いつから登録してたんだ、コイツ。
無表情で年齢確認のボタンを押すおれは、渡辺のシャクレ顔と同じぐらい馬鹿みたいに見えただろう。
「東くんさ、知ってる?タバコって身体に悪いらしいねんで」
「みんな知ってんだよ。そんなこと」
「なんかな、タバコ一本あたりでな、寿命が5分くらい減るんやって。5分やで、5分。カップラーメン通り越して、どん兵衛までできるやん。一日一箱吸ってみいな。20本に5掛けて、100分。一ヶ月でえー……、5時間か?うわ、東くんめっちゃ早死になんな!」
……相変わらずうぜえな、コイツ。ニコニコしながら、指折りしてんじゃねえぞ。
悪気がないところがいいところだと、おれは思わない。むしろ悪気がないからコイツみたいに邪悪なやつが、「でもなんか憎めないんだよな」みたいな言葉で放置されることになる。
「でもなあ、オレそれ聞いてからおもててんけどな、タバコって一本で大体5分くらいかかるやんか。だからオレはそれ、タバコ吸う時間やと思ってんな。ってことは東くん、一ヶ月で5時間もタバコ吸ってることなるなあ。それはそれでなんかオモロいわ」
「なんにも面白いことなんかねえよ。だからタバコ吸ってんの。それにアメスピは一箱あたり14本」
「なはは、そういうとこやねん。やっぱり東くんオモロいわ。なあこのあと時間ある?オレもうちょいでバイトおわんねんけど」
「ないね」
レジカウンターに置いてあるタバコを手に取ると、おれは投げつけるように小銭をおいた。そのまま、逃げるように自動ドアを潜る。
「おーい、東くん!」
無視だ、無視。コイツと関わると碌なことがない。この前来た時は、『ちょっと話さん?』と言ってから大学が終わるまでずっと一緒にいやがった。
「おーい、東くんてば!」
しつこいやつだな。おれはタバコを吸って家に帰って寝るんだ。お前なんかと話す暇はない。
「東くん100円足りひんで!万引きやで!通報してええか!」
「いいわけないだろ!」
今日一の大声でおれは叫ぶ。
本当にコイツと関わると碌なことがない。
『そういうわけで僕たちは小説を書くのです。』 いとう @itou0329
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