第2章 地上防衛軍

敵の解析を進めるように指示を出したが司令にはもう一つ懸念点が有った。

「参謀。 今回の件について政府から軍事行動の全権を委任されているのだが……」

「稼働可能な部隊のリストですね。お待ちください。」

相変わらず動きが早いが話の途中で遮るのはどうかと思う。

「各種航空戦力は対地攻撃準備で待機していますのでいつでも緊急発進スクランブル可能ですが……。」

 珍しく参謀が言いよどむ。

「他の戦力に問題でも?」と思わず司令が返す。

「ええ。 陸上兵力なのですが国土の多くが山や森であるため、主力戦車は幹線道路か高速道路にて輸送する必要があるため、これらから離れたところに展開する際は手間がかかります。」

 野戦砲は固定式のため、大型の砲弾を数十キロは離れた目標へ撃ち込むことができる。

 ただ目標が動く以上、超遠距離砲撃による命中精度は落ちる。故に戦車で足止めが必要なのだが、その戦車の展開に時間がかかっては作戦決行も難しくなる。

「何かヤツを足止めする方法か、部隊展開を早める方法は無いかね?」

 司令が参謀を見る。

 参謀は相変わらずポーカーフェイスを崩さないが、何かを考えている様子が見えた。

 しばらく中空を見つめていた参謀は、突然端末を操作しだす。

「参謀意見具申。ひとつ試したい手があります。」

 先程と変わらない表情の薄い顔であるが、わずかに顔が上気している。

 司令は無言でうなずき意見を促す。

「この基地には新兵器が2つ試験運用を行っています。これらをパンダーにぶつけてみましょう。」

「面白そうな話では有るが、詳細がわからないと判断はできんぞ?」

 あいにく司令はこの基地で試験が行われている装備については知らなかったが、『開発中の新兵器』と言う言葉には一発逆転とは行かなくてもうまくいきそうな物を感じさせる。

 まさに「男の子っていくつになってもこう言う物が好きだよね」ってヤツである。

「まずこの基地で試験が行われていたのは、超高出力のマイクロ波砲。これは文字通り高出力のマイクロ波を照射し物質を振動させることによる発生した熱に破壊する兵器です。」

 司令も子供の頃に見た映画を思い出し思わずうなずく。

「そしてもう一つは高機動人型兵器です。」

 マイクロ波砲に高揚していた司令だったが、一瞬で思考が現実に引き戻される。

「ちょっと待ちたまえ参謀。とは何なのか説明を。」

「はい。こちらは全長10メートル程度のいわゆる人型機動有人型ロボット兵器となり、戦車に代わる次世代の陸戦用高機動兵器です。」

 何事も無いようにサラっと答える参謀に対し、思わず司令は近寄ってその肩を掴む。

「どうかされました? 何か問題でも。」

 掴まれたことに一瞬驚きつつも参謀は努めて冷静に返す。

「いやいやいや。有人のロボット兵器ってそんなもんいつから作られていたんだ? 私も全然把握していないんだが。」

 焦りつつまくしたてる司令に対し珍しいものでも見るような視線が返ってくる。

「大体、全長10メーターの兵器? そんなモノ被弾面積が大きすぎて戦車の代わりにはならんだろう? 」

「ご存知ないのは、例の件の後、赴任された所が僻地ばかりで最新の情報に触れる機会が無かったからでは?」

 キョトンとした顔で返す参謀。いちいち痛いとことを刺してくる。

「確かに静止状態では被断面積が大きいですが、機動兵器は戦車より早くかつ立体的に動けるため回避性能に優れています。」

 参謀は指摘事項に対しサラっと返すが、司令は自分の軍事に対する常識からこれだけは引けないと食い下がる。

「なら、あれだ。 反動などを考えれば使用火器の口径は小さくなるだろう。機体が反動でのけぞってしまうからな。」

「ええ。機動兵器の携行火器は主力戦車より威力は劣ります。」

 その言葉に我が意を得たりと思っていたがさらなるカウンターが飛ぶ。

「しかし、連射性能ははるかに高いです。 戦車が1発撃つ間に機動兵器10発以上発砲かのうです。」

 旗色が悪くなってきたと感じる司令だが、さらに追い打ちがくる。

「人型機動兵器は戦車より高い位置から発砲でき、かつ戦車には不可能な縦移動が行なえます。つまり戦車の弱点である上面装甲に対し優位な位置から撃ち込むことができるのです。」

 参謀の言葉は自信に満ちており、司令に止めとなった。

 未知の敵に、知らない自陣営兵装で対応なんてやってられない。

 この件が片付いたら引退を考えるか。なんとなくだがそう思う。

 とは言えこのまま終わっては面白くもない。

 さっそくそれらを運用した場合の想定を頭の中で見当を始める。

 想定どおり行けばなんとなくではあるが行けそうな気もする。

「あるものは仕方ない。 では早速ロボット兵器に緊急出動準備を。」 

 司令の指示に「了解。」とだけ答え素早く端末を操作する参謀。

 業務の的確さには関心する。 しかし、そこになにか違和感を感じる。

 いや、始めてこの指揮司令室に入った時から感じていた違和感。

 参謀が指示を出し終わるのを見計らいこの違和感について確認することにした。

 先に入室していたのは彼女だ。 ならば何か知っているかもしれない。

「ところでちょっとした質問をいいかな?」

「プライベートな事でなければ。」

 間髪入れずに釘を指してくるとこをみると、下世話なが多いのだろう。

「雑談の様な話だが、今後の指揮に関わる質問だよ。」

 下心が無いアピールをしながら返す司令だが、どこかしどろもどろであり、まるで思春期の子供に言い聞かせる様でもあった。

「コホン。 質問と言うのはこの司令室に付いてだが。」

「? 方面司令部なら何処にでも設置されている指揮司令室ですが……。」

「それは分かっておるよ。 気にしてるのはなんでかだよ。」

 そう、この部屋にはオペレーターや通信士などの本来いるはずの要員が一人もいない。

 司令の出した指示をすべて参謀が現場に連絡しているのだ。 司令としてはそれが不自然に感じていた。

「ああ、その事ですか。」

 事もなげに返答する参謀。

 毎回、こうもあっさりと返されると実は適当にあしらわれているだけかもと疑念がよぎる。

「今次作戦は既に目標こそ周知の事実ですが、その作戦内容に関しては特Aクラスの機密事項となります。その為、未確定の指示内容に関してこの基地では我々のみが知り得る情報となります。」

 参謀の言葉に室内の状態については理解できたが、別の疑念がよぎる。

「特Aクラスと言うと、もしやにうって出る可能性もあると?」

「はい。 必要と有れば。」

 冷や汗をにじませる司令とは対象的に、あくまで事務作業の報告の様な気軽さで返す参謀。

 その態度に怒りがこみ上げてくるが、これは本部の決定であり、彼女自身の意志ではない。

 そこを自分に言い聞かせ、怒号とならないように務める。

「了解した。 そんな事態にならないようにしないとな。」

「はい、司令。 我々はそのためにも最善を尽くす義務があります。」

 参謀の回答に少しだが熱を感じた。何事にも冷徹にこなしているように見える彼女も使命に燃えているのだ。

 感慨深くしている司令の脇で再び別の部署とやり取りをしていた参謀が司令に告げる。

「司令。 打撃部隊から報告です。ジャイアント・パンダー目標会敵まで10分以内。」

「了解した。 人型機動兵器は陽動に徹し目標をマイクロ波砲の射程に誘い込め。」

 つとめて冷静に指示を出した司令だが、その後ニヤリと頬を引き上げる。

「マイクロ波砲の直撃を受けて無事な生物など嫌しない。 目にものを見せてくれる。」

 凄絶な笑いを見せる司令を見つめながら参謀がモニターに前線の映像を映す事を告げる。

 鷹揚にうなずく司令と室内最奥に備えられた巨大モニターに打撃部隊に随伴した偵察ヘリからの映像が映し出される。

 山間部の間合いの影から姿を見せる巨体。

 それは正しく……。

「パンダだな。」

「パンダですね……。」

 一瞬ほおけた様に呟く二人。

 報告どおりの姿だが、実際に動くところを見ると改めて思う。

 その姿、パンダであると。

 しかし、愛らしい姿に反しその巨体は50メートルにも及ぶ。

 しかもその巨体から想像される動きの緩慢さは見られない。

 まさに野生動物の動きである。

会敵エンゲージ攻撃開始ファイア。」

 静かに参謀が報告する。

 同時にモニター内のパンダ《パンダー》に無数の火線が襲来する。

 先制攻撃として人型機動兵器が放ったマイクロミサイルがパンダーへと襲いかかったのだ。

 一瞬にして爆炎と煙に包まれる巨躯だったが、すぐに煙を振り払いながら飛び出してきた。

 それまでの愛らしさを持った顔は巨大な牙を見せ周囲を威嚇する。

 そのパンダーに小さな物体が5体、突撃していく。

 人型機動兵器である。

 本来なら人間の5倍以上もの大きさが有るこのロボット兵器郡であっても、パンダーの巨体の前では人形の様に見えてしまう。

 その人型機動兵器はパンダーの周囲を取り囲むと素早く位置を変えながら、腕に握られた銃砲を放つ。

 先の戦闘で戦車砲でも傷をつけられなかった事はパイロットたちも先刻承知である。

 自分たちに注意を向けさせマイクロ波砲の射程に誘い込む。

 彼らのミッションは単純ではあるが、実際に達成が難しい。

 パイロットたちは愛機の特徴である、サイズに似合わない高機動性能を発揮し、ある時は目標の足元を駆け抜け、ある時は高く飛び上がり、またある時は敵の注意がおろそかな方向から発砲した。

「あれ……?」

 戦闘を注視していた参謀が思わず言葉をこぼす。

 もとより音声の中継が行われていない司令室ないで司令はそれを聞き逃さなかった。

「参謀。 何か有ったかね?」

「……いえ、はい。 砲弾が対象の体毛を擦過した時に小さなスパークが走ったような気がして。」

 それを聞いた司令は一瞬だけ、手元の資料に目を向ける。

「資料によれば、使用火器は電磁誘導砲レールカノンだとのことだ。 恐らく帯電した砲弾と体毛の間で放電現象が起きたのでは?」

「であれば良いのですが……。」

 参謀が言いよどむ。

「それに、間もなくマイクロ波砲の射程圏だ。 これで全て終わるよ。」

 司令は自信と期待を込めて呟く。

 モニターの中ではパラボラアンテナの様な姿をしたマイクロ波砲を搭載したキャリアーが稼働を始めている。

 マイクロ波砲の方向となるアンテナ状の部分は人型機動兵器を超える15メートル。

 それがせり上がっていくのだ。 最も高い位置は30メートルを超える。

 そんな巨体をパンダーが見逃すはずがない。 パンダーは人型機動兵器を無視しマイクロ波砲へと突き進む。

 その光景をモニター越しに見守ることしか出来ない司令達は静かに、だが力強く両手を握る。

 モニターの右下に照射開始時間と、マイクロ波砲からパンダーまでの距離が表示されている。

 照射まで20秒、両者の距離500メートル。 15秒、300メートル。 5秒、100メートル……。

 4、3、2、1、0

 カウントダウンが終了するとともにモニターは強烈な光に包まれた。 

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