第十話     パイロットとしての行動  

「これってゲーセンの機械とどう違うんだろな?」


 座席のシートに手を置いていると、横から現われた空也が操縦席に座った。


「おい、教官の許可もなしに座らないほうがいいぞ」


「平気平気、鹿取教官は他の奴らから熱心に質問を聞いているから気づかねえよ」


 空也がそう答えたとおり、鹿取は他のクラスの生徒の質問に答えていた。


 空也は操縦桿を握り、足元にあった方向舵ペダルを踏み込んだ。


 本人はカーゲームのつもりだったのだろう。


 適当に操縦桿や方向舵ペダルを踏んだり離したりして感触を確かめている。


 暢気な奴だな。


 天馬は無邪気な笑顔を浮かべている空也を無視し、計基盤に取り付けられた計器類を眺めた。


 操縦席右上部分には車の速度メーターのような計器が並んでいた。


 その他にも高度電波計やエンジン回転計などが設置され、他にも小型のスクリーンや細かな計器類が実物と同じように備わっている。


「お前も座ってみるか? 結構、座り心地はいいぞ」


 空也が肩越しに天馬を見上げた。天馬は軽く首を左右に振る。


「……止めておく。俺は殴られたくないからな」


「へ?」


 空也が頓狂な言葉を発した刹那、パーン! という乾いた音が響いた。


「誰が勝手に座っていいと許可した?」


 天馬はコクピットからそっと離れる。


 空也は頭を押さえながら素早く操縦席から立ち上がった。


 空也が座っていた操縦席の横には鹿取が両腕を組んで佇んでいた。


 表情は至って無表情だったが、手に持っていた生徒名簿をメガホンのように丸めていた。


「1‐B、神田空也。もう一度訊く? 一体誰が勝手に操縦席に座る許可をした?」


 丸めた生徒名簿を鹿取はもう一方の手の掌に叩きつけ空也に尋ねた。


「いえ、誰からも許可を取っていません。申し訳ありませんでした」


 空也は手刀の形に変化させた右手を、胸の部位に水平に叩きつけた。


 戦闘陸・海・空の戦闘学校に通う生徒独自の敬礼である。


 今日の入学式ではこの敬礼をじっくり十分間練習したばかりであった。


「言葉だけの反省ならば誰でもできる。神田空也、お前には後で勝手な行動を取った罰を受けてもらう。いいな?」


「え? 罰ですか?」


「そうだ。罰の内容は追って知らせる」


 そう告げた鹿取はがっくりとうな垂れる空也を見下ろした後、続いて天馬に視線を向けてきた。条件反射で天馬は背筋を伸ばす。


「お前は同じクラスの白樺天馬だな?」 


「はい」


 返事をした天馬に対して、鹿取はじっと顔を見つめてきた。


 しばらく互いの視線が交錯していると、黙っていた鹿取が口を開いた。


「天……いや、白樺。お前は神田の近くにいたのに注意をしなかったな? ここは自衛軍ほど厳しい連帯責任を与えることはないが、同じパイロット仲間が行った不祥事を傍にいて注意しないでどうする。よってお前も神田と同様に罰を受けてもらう」


 天馬はちらりと空也を見た。


 空也は「悪い」と言った苦い顔を作っていた。


「了解しました」


 戦闘学校独自の敬礼をすると、鹿取は一度だけ頷いた。


「よし、では次の場所に移動するぞ。次の場所は第一体育館だ。今までパイロットに関係する重要な場所を案内してきたが、体育館では実際に身体を動かしてもらう」


 鹿取は腕時計を目線の高さに持ってきて、現在の時刻を確認した。


「現在の時刻は十一時十四分。今から十六分後の十一時三十分までに運動着に着替えて第一体育館に集合しろ。以上、解散!」


 鹿取の説明が終った直後、生徒たちは駆け足でシミュレーター室から出て行った。


 戦闘学校には集合時間の五分前には到着していないといけない暗黙の了解がある。


 生徒たちはそれを当然の如く知っていたため、すぐさま行動を起こした。


 五分前に集合ということは、実質的には残り10分ほどしかない。


 一旦教室に戻って着替える時間を考慮したとしてもギリギリだろうか。


 天馬と空也も急いで教室に向かった。


 騒音にならない程度に廊下を走り、階段を駆け下りて行く。


「悪いな、天馬。俺のせいでお前まで罰を受けることになっちまって」


 一緒に走っている途中、空也が低い声で話しかけてきた。


「別にいいさ。教官が言ったように無理にでも止めなかった俺にも責任がある」 


「でもよ……」


 他の生徒たちに混じりながら、天馬と空也は一階に辿り着いた。


「どうでもいいが急がないと集合時間に間に合わなくなるぞ。そうなったらもっと厳しい罰を受けかねない」


「だから」と天馬は走りながら言葉を続けた。


「今日の昼食で手を打とう」


 二人は正面玄関口脇に置いていた傘を広げ、未だ降り止まない豪雨の中を突っ走る。


 激しい雨がビニール製の傘を叩きつける音が響く。


 その中で空也はぽつりと答えた。


「なあ、昼食の件だがラーメンでいいか?」


「天ぷら蕎麦定食」


 間髪を入れず結構な値段が張るメニューを天馬が言い張ると、教室がある学舎に到着してから空也は言った。


「天ぷら蕎麦だけで勘弁してくれ」

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