第八話 将来のドラゴン・バスターズ
教室の窓ガラスを叩く雨の勢いは止まらず、曇天の空には何条もの稲光が走る。
松崎はもう一度黒板を拳で叩きつけた。
「いいかお前ら、絶対に途中でへばんじゃねえぞ。お前たちは竜を狩るために選ばれた人間――言うなればドラゴン・バスターズだ。メカニックコースの奴らは武具に値する戦闘機を調整修理し、メディックコースの奴らは傷ついた人間の心と身体の傷を癒す技術を学べ。そしてパイロットコースの奴らは最強の剣を持って戦う優れた騎士になれ。空中を自在に飛ぶ戦闘機を操り、あの悪魔どもから日本を守るんだ!」
一拍の間を置き、松崎は静かに呟いた。
「長くなったが、それが航空戦闘学校に入学したお前たちの義務と心得てくれ……私からの話は以上だ。起立!」
軍隊口調になった松崎の言葉に反応し、クラス全員がすくっと立ち上がった。
「礼!」
松崎の号令に合わせて全員が礼をする。
ふう、と呼吸を浅く吐いた松崎は、次の瞬間には顔を緩ませて笑顔になった。
「とまあ、俺からの大事な話はこれくらいだ。そしてさっきは厳しいことも言ったと思うが、まだここは正式な自衛軍じゃない。それにお前らはまだ15歳のガキんちょだ。勉強も恋愛もまだまだこれから。後悔しない程度に思う存分やれよ」
松崎ははにかんだ笑顔を生徒たちに向けると、これからの日程をさっと話して教室から退室していった。
途端に教室中の空気がどっと弛緩する。
ざわつき始めた教室の中で、天馬は机の上に置かれていたプリントを手に取った。
午前十時二十八分。
朝一番に司令部兼教員用宿舎の中にあった講堂で入学式を済ませ、それからは割り振られた教室に移動して担当教諭の紹介と生徒たちの自己紹介が行われた。
てっきりその後は自由時間になるとばかり思っていたが、前もって配られたプリントにはその後の内容がきっちりと書き記されていた。
「まさか入学式の当日から訓練があるとは思わなかったよなあ」
プリントを眺めていると、後ろのほうから空也が寄ってきた。
「パイロットコースの奴らは十時四十五分までに司令部兼教員用宿舎に集合だってよ」
空也のぼやきはひとまず置いておき、プリントにはコースごとに分かれて目的の場所に集合するようにと注意書きがされていた。
パイロットコースの生徒は司令部兼教員用宿舎の一階、メカニックコースの生徒は第二格納庫兼整備工場、メディックコースの生徒は管制塔一階にある視聴覚室前という具合にである。
「訓練なら仕方ないだろう」
天馬は席から立ち上がった。ふと教室内を見回すと、クラスの半数以上がすでに教室から移動していた。
「集合時間まで十五分もない。さっさと行こう」
空也に声をかけて教室から移動しようとした天馬。
だが不意に入り口付近で後ろから声をかけられた。
振り返ると、両手を絡ませてモジモジとしている向日葵が立っていた。
「確か昨日の……」
「はい、雨野向日葵です。よ、よろしく……白樺君」
ぺこりと頭を下げた向日葵。天馬も釣られて頭を下げる。
向日葵は緊張しているらしく、左右にちらちらと目が泳いでいた。
もしかしたら向日葵は、人見知りが激しい性格なのかもしれないと天馬は思った。
しかし、考えた後にふと疑問が浮かんだ。人見知りが激しい人間が自分から声をかけてくるだろうか。ましてや、昨日今日会ったばかりの人間に。
それから天馬と向日葵は互いに無言のまま向き合っていた。
と言っても向日葵は満足に天馬の顔が見られなかったらしく、終始顔をうつむかせていた。
このままでは埒が明かない。
天馬は顔をうつむかせたままその場を移動しない向日葵を見据えながら、意識は壁にかけられていた時計に向けられていた。
秒針の動く小さな音が聞こえる。教室があるこの学舎から集合場所である司令部兼教員用宿舎までは普通に歩けば五分くらい、走れば二、三分だろうか。
だが、こういう場合は集合時間の五分前に集合しなければならない。
「俺に何か用があるのか? ないのならそろそろ移動したいんだが……」
天馬がそう切り出すと、向日葵は慌てて顔を上げた。
「あ、ごめんなさい。用……というか、ちょっと訊きたいことがあって」
「訊きたいこと?」
何だろう? 初対面の娘に訊かれるようなことが何かあったか。
小首を傾げながら天馬は、向日葵の言葉の続きを待つことにした。
そのとき――。
「早く行こうぜ、天馬!」
「早く行こうよ、向日葵!」
ほぼ同時に空也と渚の声が交錯した。
直後、向かい合っていた天馬と向日葵を強引に引き離す。
「ほらほら、早く行かねえと集合時間に間に合わねえぞ」
空也は天馬の腕を取って歩き始める。
「さっさと行くよ、向日葵。うちらの集合場所は他の連中の場所よりも遠いんだから走らないと間に合わないよ」
一方、渚も向日葵の腕を取って歩き始める。
天馬と空也は教室を出ると正面玄関方面に向かい、向日葵と渚は裏口方面に向かって移動を開始した。
向日葵たちが裏口方面に向かったのは、そのほうが管制塔までの近道になるからだ。
空也の手に引かれながら、天馬は遠ざかる向日葵を見つめていた。
渚に手を引かれていた向日葵もこちらをずっと見ていたが、曲がり角を曲がった時点で完全に姿は見えなくなった。
何の用だったのだろう。
しばらく天馬は向日葵の顔を思い浮かべていたが、それも正面玄関を出るまでだった。
正面玄関を出た瞬間、強風に乗って痛いくらいに雨粒が身体を攻撃してくる。
天馬と空也は玄関口脇に備えられていた傘を手に取った。
ばっと広げて凶悪的な豪雨から身体を防御する。
天馬と空也は傘を両手で握り締めた。
濡れて滑りやすくなっている地面に注意しながら走り出す。
それから数分後、集合時間になったチャイムが鳴り響いたが、嵐のように吹き荒ぶ豪雨により綺麗に掻き消されていた。
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