第2話 冒険者ギルド

 王都ヘッドバンの貴族街に家はあった。

 このあたりは王宮のすぐ近くで、公爵、侯爵、伯爵など上位貴族の家が並んでいる。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい~、お土産待ってるわ」


 呑気に返すのは姉のエシリーナだ。


「気を付けていくのよ。モンスターと男には特にね」


 心配そうなのはお母様マリアだった。

 お父様は渋面を張り付けて黙って見守っている。まあちょっと渋い顔はダンディーでカッコよくすら見える。


 貴族街を冒険者風の格好をして歩くと目立つ。

 それもそのはず私のストロベリーブロンドのロング髪は王家に近い者に固有の髪の色で、この髪の毛を切って売れば家が建つとさえ言われている。

 お父様もお姉ちゃんも同じ色をしている。お母様はプラチナブロンドで赤みがほとんどない。

 そんな「やんごとなき髪色」の美少女冒険者が歩いているんだから、変に思うだろう。

 貴族は基本的に冒険者などにならない。そして女の子も冒険者には少ないのだ。


「私は、例外中の例外だからいいんだよ……」


 誰に言われるでもなく、独り言をこぼす。


 とぼとぼ進んでいくと、貴族街を抜け中央通りに出る。

 あとは広い道をそのまま進んで、ロータリー前にある大きな建物が冒険者ギルド王都本部だった。


「ごめんください」


 中は人がごみごみしており、返事は特にない。

 受付カウンターに何人かすでに並んでいるのでその末尾に並ぶ。


 周りの人が私の髪の色を見て、びっくりしているが、声を掛けるのすら不敬だと思われているみたいで、誰も何も言ってこない。

 まさに「触らぬ神に祟りなし」というか。


「触らぬストロベリーブロンド髪に祟りなし、ってところかしら」


 さすがにカウンターの奥から王都のギルドマスターが出てきて、頭を下げた。


「もうしわけありません。えっと、フィーナ・エスティマ公爵令嬢でございますね?」

「そうだけど、私は『ただの』フィーナ。冒険者になりにきたのよ」

「左様でございますか」


 ギルド長ともなると、流石に貴族階級の人でもちろん私の顔くらい知っているのだ。

 お互い面倒くさいと思ってパーティーに参加するタイプだろうと思うと溜飲もさがる。

 列をパスして閉鎖中の隣のカウンターを使ってくれようとする。


「いいわ。列に並ぶわ。私は『ただの』フィーナだもの。そんな特権階級振り回しにきたわけじゃないし」

「そうですか……そうですよね。わかりました」


 ギルド長は汗をたらたらと流しながらしばらくそこで突っ立っていたが、私が列で大人しくしているのを見ると、カウンターの奥へと戻っていった。

 まわりはじろじろ見てくるが、気にしてはいけない。


 冒険者たちは私が誰かは知らないのだろう。

 しかし髪の色は知っているのだ。

 上位貴族だと分かっていて、突っかかってくるほど馬鹿はいない。


 髪の色を染めればいいと思うかもしれないが、この髪。

 こしゃくなことに魔力が巻きついており、染料が全然つかないのだった。

 すでに何回か試したことがあったが、いずれも失敗に終わり、こうして今も綺麗な薄ピンクとゴールドを足して虹を加えたみたいな、キラキラした色を保っている。

 これは私の「誇り」であると同時に「呪い」でもあった。


 確かに、この王国の王族たる権威に連なる者として、自慢の髪でもある。

 しかし、誰もが理由もなく地べたに頭を下げるものの、その見えない顔がどんな表情で嘲笑っているかと思うと、疑心暗鬼にもなる。


 現国王は善政を敷いているとはいえ、反対勢力も皆無ではない。

 変な噂もある。たとえば動物がお好きなのだとか。

 それも獣人という珍しい動物の特徴を持った種族の女の子が特に好きなのだそうで、そういう子を連れてきては王宮で「飼っている」という噂がある。

 まあ、女の子を飼うくらいは歴代王の中ではマシなほうらしいので、そっとしておこう。

 おじさん(国王)にも困ったものだ。

 まったく親戚だと思うだけで、げんなりする。


 さて列も消化してきた。


「はい、次の……ストロベリーブロンドの女の子」

「はーい」


 私は元気に返事をして、受付に顔を出す。


「ストロベリーブロンドって実在していたのですね」

「パレードとかで見るでしょ」

「市井で見る機会なんて、ありませんよ」

「私は毎日見て、うんざりしてるけどね」

「あはは」


 ギルドのお姉さんも苦笑いだった。


「えっと見習い冒険者はFランクからですけど、ごほんごほん。やんごとなき横やりによって、Cランクからだそうです」

「いやよ」

「そう言われましても」

「いやよ。私もFランクでいいわ」

「ギルド長~~~」


 すぐ後ろを行ったり来たりしているギルド長にギルドのお姉さんの泣きが入る。

 こういう特別扱いが嫌いなの。


「そうおっしゃるのなら、Fランクからで」

「わかりました。Fランクですね」


 ふふふ、ついに手に入れたぞ。Fランク冒険者ギルドカード。

 粗末な木の板を削ってできているだけの、おんぼろカードだ。

 これに名前と番号が書いてある。


「F フィーナ。うんうん、これよこれ。ありがとう」

「いえ、こちらこそありがとうございました」

「依頼などはどうされますか?」

「薬草採取の依頼とかあるんでしょう?」

「はい、常設依頼となっていますので、薬草を持ち込んでいただければ、実績に加えさせていただきます」

「わかったわ。ありがとう」


 ということで、じろじろ視線は感じるけど、無事冒険者登録ができたわ。

 さっそく王都平原に繰り出すわよ。

 まってて薬草ちゃん。どれが薬草かくらい本で読んだからばっちりよ。

 下準備も万端で、さあいくぞ、えいえいおー。

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