第1話

怒るを通り越して、呆れる。


それが届いたのは、ほんの数日前のことだ。

それは、一年ほど前まで交流のあった昔の同級生から届いた一通のメール。


つまり、一年ぶりのメールだ。

彼女との付き合いはその間、途切れていたということになる。


それにはわけがあった。


彼女との交流が途絶える数カ月前、私は大きな病気をした。

結果的に言えば病気は幸いにも完治した。

けれど、告知されたときはやはりショックは大きくて、精神的にだいぶ追い詰められた。

彼女も病気のことは知っていて、

「なんでも話してね。話聞くくらいしかできないけど、何でも聞くからさ」

そうメールをよこしてくれた。

最初は涙が出るほどうれしくて、私は辛い治療のことや、病気をきっかけに変わってしまった周囲の環境のことなどを彼女に「聞いて」もらっていた。


つもりでいた。


私に対して彼女が返してきたのは


「ええ?でもさ。それってあなたの努力が足りないんじゃない?テレビで闘病してる人の再現VTR見たけどさ、割と元気そうだったもん。本当はそんなに辛くないんじゃない?辛いって言いたいだけなんじゃないの?病気に甘えてるよね?それってさ、ダイエットもしないで痩せない、痩せないって言ってるだけの人と同じだよね?」


愕然とした。

自分的にはとても辛かったから。

辛いという自分の感覚を何も知らない彼女に真っ向から否定された。

努力なんて、出来るわけもない。

寝たきりで息をするだけで精いっぱいという時だってあった。

歩くのも困難で、数歩歩いただけで息が上がる。

そういう時だってあった。

それを、自分が経験したわけでもない、たかが再現VTRのネタを持ち出して「本当は辛くない」と彼女は判断した。

彼女は私の闘病の様子を見ていない。

同じ病気でも、程度や種類、個人差が生じる。

それ以前に、辛さなんて外から勝手に図って決めつけていいものじゃない。

その、映像の人だって、彼女が思うよりずっとずっと辛かったかもしれない。

辛い、ということを、否定されたという事実は、闘病中の私を長い間苦しめた。


そもそも。

「話を聞く」と言ったのはそっちではないのか。

聞くというのは、ただ耳に入れればいいということじゃない。


私は、それ以上傷つきたくなかった。

だから、彼女との交流を、何も言わずに絶った。


そのあと、病気は完治して、幸いにも新しい職も見つかった。

私がずっとやりたいと思っていた種類の仕事で、職場の人も皆優しかった。

以前の職を病気で失ったけれど、結果的に仕事のストレスは激減した。


やっと人生が上向きになった。

そう思っていた矢先。

彼女から届いた、一通のメール。


「久しぶり。元気?」


悪びれない冒頭。

そこでもう、私の心はちりちりと嫌な痛みを示してくる。

元気なわけない。

その一言が余計に、彼女が私の病気を、私の辛さ、心の痛みを軽んじていたのだと思った。


そして、

「相談したいことがあるんだけど、聞いてくれない?」


怒りを通り越した。

私が一番「聞いてほしかった」話を、「聞いて」くれなかったのに?

「聞く」と言ったうえで、聞いてくれなかったのに?


そのあなたが、聞いてほしいと、私に言うの?


何を聞いたところで理解できそうにもない。

そういうことができるということが信じられなかった。

余りにも虫が良すぎる。

自分は何もしないのに、自分だけが何かしてもらおうとする人間が、確かにいるんだ。


せっかく、善良な人の中に今いるのだから、邪魔しないでほしい。


そう、思う。


けれど、ここでやり返してしまったら、私は彼女の同類になる。

だから、やり返せない。


こんな言葉、一生思うことなんかないって思ってたけど、今なら思う。


「私はあなたとは違う」


漫画やアニメで主人公が良く口にしていた。

自らの復讐心を祓うセリフ。


自分がヒーローだなんて言えないけれど、今までずっと何かにつけて心の中でめくれ上がってきたその傷を、私はずっとなだめてきた。


もちろん、一人で。


さあ、あのふざけたメールをどうしてくれようか。

そこだけが悩みの種だ。


ちりちりと、いやな痛み方をする無数の傷を、多分彼女には返せない。

私の中のそれは、癒えるのを待つほかないけれど今おかれている環境はそれを癒すには十分だろうと思う。

今はそっと神様に感謝して、自分の心を護っていたい。


だからお願い。

邪魔しないで。

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