第27話 進展

 聖地へ行くのはジークさんの研究の一環として、というのが表向きの名目になった。

 ベルナルトさんが同行するには許可を得なければならず、その前に研究の協力者とする必要があった。彼の所属する衛生部に事情を説明して同意を得るのだ。

 説明の鍵となるのは「ヴァッタースハウゼン」である。オレが水属性で攻撃できることは伏せて、あくまでも一族と聖地との関連を調べに行くということにした。

 そのためオレも説明の場に参加し、証拠となる出生届も見せた。衛生部の偉い人は意外にもすぐに許可を出してくれて助かった。

「次は研究所の方で申請を出さなくちゃね」

 研究室へ戻る頃には昼休みが始まっており、国軍本部の廊下を何人もの兵士たちが行き来していた。

「まだやることがあるんですか?」

 と、オレが隣を歩くジークさんへたずねれば、彼女は少し苦笑いを返す。

「現地調査をするには旅費が必要になるでしょ? 移動はもちろん、今回だと最短でも二泊三日になるから宿泊料金もかかる。それらの費用を経費として出してもらうために、事前に申請しなくちゃいけないのよ」

「うーん、面倒くさいですね」

 大人の世界には細々としたルールがたくさんある。今すぐ出発できたらいいのにと思ってしまうが、やはり国の管轄下にある研究所だからしょうがないのだろう。

「それより、お昼ご飯にしないとならないわね。ハインツ、何食べたい?」

「えーと、そうですね……」

 食堂に何があったか思い出そうとしたところで、兵士たちの話し声が耳に飛び込んでくる。

「また魔法使いがやられたらしいぜ」

「今度は第一魔法兵隊の人だろ?」

 思わず足を止めてしまうと、ジークさんも聞いていたようで神妙に言う。

「第一って言ったら、フェーリンガー大佐のところよね」

「先生の、隊の……?」

 いきなり不安が襲ってくるが、オレはすぐにジークさんの隣へ戻った。

「すみません。えぇと、お昼ご飯でしたよね」

「無理しなくていいのよ、ハインツ。気になるならそう言ってちょうだい」

 と、ジークさんがオレの肩へ片手を置いた。

 申し訳ない気分になりながらも、オレは素直に白状した。

「すごく、気になります。先生にもしばらく会ってないから、あっちが今どういう状況かも分かりませんし」

「そうよね。アロイスのところにだいたいの情報が入ってると思うから、夜になったら聞いてみましょう」

「はい」

 魔法使い連続殺人事件はいまだ続いている。仲間を殺された先生とヘルマンさんが今、どんな気持ちでいるのか気がかりだ。

「早く犯人、捕まるといいわね」

「……はい」

 前方に本部のロビーが見えてきて、ジークさんが口調を明るく変えた。

「さて、今日のお昼は外で買いましょうか。美味しいサンドウィッチ屋さんがあるのよ」

 どうやら彼女に気を遣わせてしまったようだ。すぐにオレも努めて明るくした。

「お肉の入ってるやつですか?」

「もちろんあるわ。でも、あたしのおすすめはね――」


 その夜、居間でアロイスさんが教えてくれた。

「今回殺害されたのはモーラー中佐、フロレンツと同時期に入隊した魔法使いだよ」

「知ってるわ。風属性におけるエリートで、フロレンツが退役してから注目されるようになった人よね」

 と、ジークさんが反応し、アロイスさんは苦い顔でうなずく。

「うん、フロレンツを除いて風属性で右に出る者はいない。オレもよく知ってる人だから、聞いた時はびっくりしたよ。いや、びっくりというか……呆然としてしまった、かも」

 とっさに想像を巡らせてオレは問う。

「ヘルマンさんや先生も、きっとショックですよね?」

「ああ、ヘルマンはひどく疲れた顔をしてたよ。フロレンツには会ってないけど、やっぱりショックだろうね」

「ですよね……」

 オレにとっては知らない人だけど、先生のことを思うと悲しくなってしまう。なんだかんだで優しいし、いつまでも亡くなった婚約者のことを引きずるような人だから……どうか、今夜は一人きりでいないことを願う。

 ふいに膝の上へリーゼルが乗ってきて丸まった。まるで撫でろと言っているみたいだ。オレはそっと手を出してゆっくり背中を撫で始めた。

 ジークさんも少なからずショックな様子で、ため息まじりにこぼす。

「まさか、あんなに強い人がやられるなんて……」

「不幸中の幸いと言うのもはばかられるけど、彼は家の前で倒れていたらしいよ」

「ということは、この近くってこと?」

「ああ、本部からそう離れていない場所だよ。それで犯人を見ていた目撃者がいてね、今度こそ尻尾しっぽをつかめそうだって」

 そうなのか。少しでも進展があったのはいいことだ。

「まったく、早く終わってほしいわ。アロイスだっていつ狙われてもおかしくないでしょう?」

「おや、オレの心配をしてくれるのかい?」

「当然よ。史上最年少で魔法医師になったんだから、何があってもおかしくないわ」

「ふーん、そっか」

 と、興味のなさそうな相槌あいづちを返しながらも、アロイスさんは彼女の手を取った。

「今夜は一緒に寝ようか。オレ、明日には殺されちゃうかもしれないし」

「ちょっと、何言って……とも、言いにくいわよね。分かった、久しぶりにそっち行くわ」

「ありがとう」

 二人が微笑んで見つめ合い、居づらくなったオレはリーゼルを抱いて立ち上がった。

「失礼します」

 と、小声で言って早々に廊下へ出る。――二人は今にもキスしそうな雰囲気で、恥ずかしくて見ていられなかった。

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