第28話 レッドアベンチュリン

 数日後、やっと出張申請の許可が下りた日の夕食時だった。

「フロレンツから聞いたんだけど、明日からサーツァンドに行くそうだよ」

 アロイスさんがそう言い、ジークさんがすかさずたずねた。

「サーツァンドって、もしかして事件の調査で?」

「うん、モーラー中佐を殺した犯人が捕まって、自白したそうなんだ。で、サーツァンドの反社会勢力が絡んでいたことが判明した。国を介して逮捕したいところだけど、あちらが戦争を仕掛けようとしていたら厄介だから、まずは少数精鋭で事実確認しに行くそうだよ」

「事実確認、ですか」

 と、オレは繰り返す。無性に胸がざわついて仕方なかった。

「それでフロレンツは?」

「もちろんメンバーに入ってる。帰ってくるのは早くて来週だそうだよ」

 ますます胸がざわついたが、それが先生の今の仕事だ。

「で、これをハインツに渡すよう頼まれた」

 と、アロイスさんがポケットから取り出したのは、赤い石のネックレスだった。

「フロレンツとおそろいらしいけど」

 手を伸ばして受け取った途端、昔の記憶がよみがえる。

「ああ、レッドアベンチュリンですね。前に先生が仕入れたやつです。ただでさえ希少な石なのにすごく品質がいいから、うちでは最も高い商品で……何で、これを?」

 しずく型のレッドアベンチュリンは二つある。先生がもう一つを持っているとして、その意図は何だろう?

「そこまでは聞いてないな。でも、ハインツなら分かるんじゃない?」

 アロイスさんが含みのあるような言い方をし、オレは少々困惑しつつもうなずいた。

「そう、でしょうか……。少し考えてみます」

 軽く手の平で握ってから、大切にズボンのポケットへしまった。


 週が明け、ようやくオレたちは出発することができた。イシュドルフから馬車に乗って南下する。

「実は僕も聖地について、前から少しずつ調べてはいたんです」

 と、軍服姿のベルナルトさんが手帳を取り出す。

「聖地というのは通称で、それぞれの場所にちゃんとした名前があるんです。例えば火の聖地はブレネン遺跡で、これから僕たちが向かうのはフルス尖塔せんとうです」

「燃える遺跡に流れる尖塔? あまりにありきたりなネーミングね」

 と、ジークさんが返し、ベルナルトさんは少しばかり苦笑する。

「どれも古代の建造物ですから。それぞれの属性が象徴する単語、ってところでしょうね。今では建造物と周辺の土地をまとめて聖地と呼んでいるので、正式名称は時代とともに忘れ去られてしまったようです」

「まあ、そんなものよね。他には?」

 オレは膝の上にリーゼルを乗せて、小さな窓から外をながめていた。イシュドルフを出た途端に青々とした野原が広がって、不安と楽しみな気持ちが半々だ。

「聖地に石板があるという情報ですが、実際にそれを見た人はこの数十年、いないそうです」

「確認できていないってこと?」

「はい。国際条約が締結された際、建造物へ入るのを禁じた国があって、他国も自然とならってしまったようです。この国では禁じていないので、土地の管理者に連絡すれば中へ入れますが、何しろ塔ですから」

 オレの首にはレッドアベンチュリンがかかっていた。服の中に入れてしまったので見えないが、何となく先生とつながっているような気がして心強い。

「ああ、一番上まで行かなきゃ、石板にはたどり着けないのね」

「そうみたいです。古い文献によると、階段の段数は一千を越えるとか」

 ジークさんがうんざりとため息をついた。

「休憩を挟みながら上るしかないわね」

 思えば、レッドアベンチュリンは先生がとても気に入って仕入れたものだ。自分の魔法を込めることもせず、そのままネックレスにしたくらいお気に入りだった。

 この赤い石にはポジティブなパワーがあり、リラックスした気持ちにさせてくれるという。つまりオレが……いや、彼もまた不安な気持ちでいるのだ。そしておそらく、向き合わなければならない現実へ進もうとしている。

 ――自分一人でやればいいのに、何でオレまで巻き込むのか。本当に勝手な人だ。……でも、おそろいなのはちょっと嬉しかった。

「ええ、それがいいでしょう。多少の疲労なら僕の魔法で治せますが、上った後は下りなければなりません。体力に自信のある僕でも疲れてしまうと思います」

「そうね。やっぱり二泊三日で申請しておいてよかったわ」

 今日は一日かけて聖地の近くの街へ行き、調査は明日する予定だった。そしてまた一日かけてイシュドルフへ帰るのだ。

「それから、各聖地にはそれぞれ特色があって――」

 と、ベルナルトさんはまだ話を続ける。どうやら聖地に関する情報をすべて教えてくれるつもりらしいが、オレはあまり興味が持てなかった。どうせ行けば分かるのだから、どうでもいい話だ。

 しかし優しいジークさんは相槌あいづちを打っており、オレは時折リーゼルの背中を撫でながら外を見続けた。

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