第29話 フルス尖塔

 途中の街で馬車を降り、昼食を取ってから別の馬車へ乗った。さらに南へ向かい、聖地にもっとも近い街ミルガに着いたのは日が暮れる頃だった。

 すぐに宿屋へチェックインし、オレとベルナルトさんは同室で、ジークさんだけ一人部屋になった。

「浮かない顔だね、ハインツ」

 荷物を下ろしたところでベルナルトさんに声をかけられ、オレは思わず返してしまう。

「いえ、そんなことないですよ」

「そう? やっぱり不安なんじゃないかい?」

 ベッドに腰を下ろした彼はどこか心配そうにしており、どう返せばいいかと考え立ち尽くす。

 不安な気持ちは否定できない。だけど、レッドアベンチュリンがあるから、問題にするほどではなかった。

 それなら何が問題かと言えば。

「家族って、何なんでしょう?」

 苦笑いしつつオレはそう問いかけ、自分のベッドへ座った。

 ベルナルトさんは察した様子で「あー」と、難しそうな顔をする。

「うーん、そうだなぁ。僕には答えられないかも」

「すみません、急に変なこと言っちゃって」

 と、慌てるオレだが、ベルナルトさんはブーツを脱ぎながら言った。

「実は僕さ、父親とそりが合わないんだ」

「え?」

「小さい頃から何か苦手で、それでなおさら母親っ子になっちゃったんだけど」

 と、自嘲するような笑みを浮かべてから、寝そべって天井を見つめる。

「二年前、彼女が病気で死んで、実家にいるのが父親だけになっちゃったんだよね」

「……亡くなってたんですね」

 薄々そんな気はしていたが、いざ知らされると彼の一族に対する思いの強さが明確になる。

「うん。もう実家に帰るのはやめようって、わざわざ顔を合わせる必要はないって思ってたんだけど……長期休暇をもらえると、つい帰っちゃうんだ。元気にしてるかなって、どうしても気になっちゃうんだよ」

「……」

「それで気づいたんだ。親子の絆は簡単にち切れるものじゃない、って」

 親子の絆――それは、血のつながらないオレたちにも存在するのだろうか。

「なかなか面倒だなって思うけど、それが僕たちなんだよね。世の中には両親と仲のいい人もいれば、祖父母に育てられた人なんかもいる。家族とか親子の形は一つじゃないんだなって、僕はこの年になってやっと分かってきたよ」

 胸が切なくなって、オレは思わず伏し目がちになった。

 ベルナルトさんがおもむろに体を起こしてこちらを見る。

「だからさ、ハインツ。僕は君たちを否定はしないし、できれば尊重してあげたい。七年間も一緒にいたんだろう?」

「……はい」

「ハインツはまだ十六歳だったね。人生のほぼ半分だ。考えてみれば、僕が口を出していいことじゃなかったのかもしれない」

 そっと視線を上げて見ると、彼は申し訳無さそうな、でもどこか納得のいかないような表情をしていた。

「でも、同じ血を引く者として放っておけない気持ちもあるんだ。だからって干渉していいわけじゃないし、限度もある。――それに、最終的に決めるのは君だからね。無理に彼から奪おうとまでは思わないよ」

「……ありがとうございます」

 そうだ、これはオレが決めることだ。自らの力で前へ進まなくちゃならないんだ。

 気づいたオレはしっかりと覚悟を決め、言った。

「やっぱりオレ、先生とちゃんと話がしたいです。彼がどう考えているか分かりませんが、自分の思いをきっちり伝えたいです。それからでないと、たぶん何も決められないから」

 ベルナルトさんはにこりと笑ってうなずいた。

「そうだね、そうした方がいい。応援するよ」

「ありがとうございます」

 レッドアベンチュリンはそのためにあったんだ。


 水の聖地、フルス尖塔せんとうは遠くからでも見ることができた。近づくほどに大きくそびえ立つ塔の周りには、かつて栄えた街の名残である家々がいくつもあった。

 どれも廃墟になって風化しているが、地面には隙間なく色とりどりの花が咲いて花畑になっている。綺麗ではあるがどことなく不気味だ。

「みゃおー!」

 嬉しそうにリーゼルが花畑の中を駆け回り、戻ってきた時には鼻の頭に花びらが一枚乗っていた。

 くすりと笑ってから彼女を抱き上げれば、その拍子に花びらが落ちる。

「ついに来たわね、水の聖地」

 と、ジークさんが見上げた。

 遠くから見た時は覚えがあると思ったが、どちらかと言えば本の挿絵の方を思わせた。つまりオレの古い記憶に由来するものではない。

「おお、すごい……やっとこの日が」

 と、ベルナルトさんは感動に浸っている。

 塔の入口は古びた木造の扉が一枚あるだけで、簡単に壊せてしまいそうだった。壁は灰色の石が積まれた石造だが、本来は白だったのではないかと思わせる。

「それじゃあ、さっそく中へ入るわよ」

 と、ジークさんが決意を込めたような顔で言い、ベルナルトさんも真面目に返した。

「一番上まで上るのは大変でしょうから、無理はしないで行きましょう」

「ええ」

 ジークさんが先頭を行き、扉をそっと押し開ける。

「薄暗いわね」

 塔の中心に太い柱があり、ぐるっと巡る形で螺旋らせん階段が設置されていた。途中から天井になっているため、部屋があるらしいと分かる。

 ゆっくりとジークさんが階段を上り始め、オレはリーゼルを抱いたまま後に続く。最後尾はベルナルトさんだ。

 冷たい石の階段だった。古代にこれが作られたことが嘘みたいに、綺麗な螺旋を描いている。

「一つ目の部屋」

 天井の先にあったのは何もない空間だ。塔そのままの円形をしていて、物がないせいかやけに広く思える。

 ジークさんはすぐにまた階段を上がり始めた。

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