第30話 秩序の証
二つ目、三つ目の部屋と進んでいき、オレたちは何もない空間を横目に見るばかりだ。
「何なのかしら、この塔。何もない部屋ばかりで、まるで目的が分からないわ」
と、ジークさんが耐えかねた様子でぼやくと、後ろからベルナルトさんが言う。
「国際条約が結ばれる前、聖地が街として栄えていた時代には、使用されていたのかもしれませんよ」
「そうだとしたら、何かしら痕跡がありそうなものだけれど」
部屋はどれもまったく同じで何もない。痕跡なんてどこにも見当たらなかった。
四つ目、五つ目、六つ目――九つ目の部屋まで来たところで一度休憩し、再び階段を上へ。
ひたすらに上り続け、ついに
「……台があるわ」
その部屋には材質の違う石でできた台が置かれていた。近くの窓から光が差し込み、端の方を照らしている。
ジークさんがそっと歩み寄り、オレもついていく。横からのぞいてみると、台の中心に石板と思しき文字の掘られた石があった。
「本当に石板が……」
どこか呆然としたように見つめるジークさんだが、最後に来たベルナルトさんがオレの隣に立って叫ぶ。
「やっぱりあったんだ!」
リーゼルが何故か肩の上へと移動し、オレは石板をじっと見つめた。掘られている文字は古代文字なのだろう、残念ながら解読できない。しかし、同じことを思った記憶がある。あれはまだ小さな頃、オレは父親に抱きかかえられていて、すぐ隣には母親がいて――。
「石板は
父親の言葉を思い出して、ぽつりとつぶやいてみる。二人が不思議そうにした直後、ふわりと冷たい空気が目の前に現れた。
「覚えていたのね、ハインツ」
にこりと微笑みを向けたのは見覚えのある女性だ。オレより少し明るい紫色の髪と瞳、水面のように光を反射する不思議な衣装をまとい、ふわふわと空中に浮いている。
「みっ、水の精霊様!?」
と、ベルナルトさんが大げさなくらい驚いて、オレはそちらにびっくりしてしまった。
水の精霊は彼を見てにこっと微笑んだ。
「あなたはダニエラの子ね。水の特性を継いでくれて嬉しいわ」
「なっ、見ただけで分かるんですか!?」
「もちろんよ。だってあなた、ダニエラにそっくりだもの」
さすがは精霊、どうやら何でもお見通しのようだ。
再び視線をオレへ向けると、水の精霊は言った。
「それより、ハインツ。あなたが来るのを待っていたの」
「え?」
「今や純血はあなただけ。でも、残ったのがあなたでよかったわ。数百年に一度生まれる、特に血が濃い子だから」
呆然とするオレの隣でジークさんがたずねる。
「血が濃い、というのは?」
「そうね、言い換えるなら
「!?」
びっくりしすぎて言葉が出なかった。ただただ目を丸くして、水の精霊を見るしかない。
ジークさんはいつの間にか鉛筆と手帳を取り出して、情報を書き留めている。
「先祖返りみたいなものですか?」
「ああ、そんな便利な言葉があったわね」
にこりと笑う水の精霊はどこかおっとりした雰囲気だ。
「あなたたちも知ってるでしょう? ハインツは私と同じように、強い水を扱うことができるのよ」
「なるほど。精霊様、ありがとうございます」
ジークさんがうなずき、ベルナルトさんがはっとして問いかける。
「そういえば、一族の使命についてお聞きしたかったんです! 石板を守るのが使命だと母から聞いたのですが、それは本当ですか?」
水の精霊が少し困ったように首をかしげた。
「間違ってはいないけれど、ちょっと違うわ。それに最近、とても不穏なの」
「不穏って、何か困ったことがあったんですか?」
「ええ。実は土の聖地にあった石板が壊されてしまって」
オレたちは一様に驚いた。
「土は確か、禁足地になっているはずでは?」
「誰かが入り込んで壊したのよ。風の聖地にあった石板も粉々にされて、ついこの前は火の聖地の石板も誰かに壊されたみたいだわ」
「そんな……」
ベルナルトさんが絶句し、オレは嫌な予感を覚えながらたずねた。
「あの、それってもしかして、世界の秩序が……?」
精霊は表情を
「そうよ、ハインツ。世界秩序の崩壊、すなわちこの世界の崩壊を企んでる子がいるの」
――大変なことを聞いてしまった。オレたちだけで対処できるものではなく、すぐにイシュドルフへ戻って知らせなければいけない情報だ。
「石板は秩序の証、と言うのは本当なんですね?」
冷静にジークさんが問いかけ、水の精霊は悲しげにうなずいた。
「そうよ。だから石板を守るということは、この世界の秩序を守ること。言い換えれば、ハインツたちの使命はこの世界を守ることなのよ」
「この世界を守る……?」
なんて重たい使命だ。ただ石板を守ればいいわけではなく、世界そのものを背負っていたなんて!
「闇の聖地にあった石板はずいぶん昔に壊れてしまったわ。光の聖地にある石板も、いつ壊されるか分からない」
「すでに一枚、失くなっていたということですか? でも、そんな情報はどこにも書いてなかった」
と、ジークさんが言うと、水の精霊は遠い目をした。
「昔の人たちは石板の重みを知っていたのよ。だからこそ事実を隠し、光の聖地にしてごまかした」
「ごまかす? そんなにも昔のことなのですか?」
ベルナルトさんの質問の答えが気になってオレもじっと水の精霊を見つめる。
「……あの
と、答えて精霊は気まずそうに視線をそらして口を閉じた。闇の精霊は他と違う? 具体的に聞きたいところだが、様子から察するに詮索していい感じではない。
水の精霊はすぐに話を戻した。
「世界に争いが生まれたのは、石板が一枚失くなったからよ。石板が失くなれば聖地は枯れる。近年になって壊された石版の影響は、もうあちこちで出てきているわ」
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