第34話 気持ちは晴れない
目を覚ますとオレは仮眠室にいた。
昨夜は結局いい案が出ず、もう夜も遅いからと本部に泊まることになったのだ。
すぐそばに石版の入った鞄を置いてあり、手を伸ばして確認する。昨日と同じ、布越しにざらりとした石の感触が伝わった。
「……今日は話、できるかな」
先生と同じ場所にいたのに昨日は話せなかった。当然か、あちらは魔猫捕獲作戦の最中だ。――ふと見ると、うちの魔猫は枕元でぐうぐう眠っていた。リーゼルも疲れているようだ。
起こすのは悪いかなと思いつつ、置いてもいけない。とりあえず体を起こして、近くに誰かいないか見に行くことにした。もちろん石版を持って。
仮眠室からそっと廊下へ出ると、すぐそこでジークさんがアロイスさんと立ち話をしていた。
「あら、起きた? おはよう」
と、気付いたジークさんが声をかけてくれて、オレはそちらへ歩み寄る。
「おはようございます」
「おはよう、ハインツ。昨日のことは聞いたよ」
と、アロイスさんが言い、オレの鞄へ視線を落とした。
「そこに石版が入ってるのかい?」
「はい、そうです」
答えながらオレも視線を向け、石版の重みを意識する。夏のさわやかな朝とは裏腹に気持ちは晴れない。
「そっか、大変なことに巻き込まれちゃったね。君たちが無事でいてくれてよかったよ」
「ええ、そうね。だけど、これからあたしたちはどうしたらいいかしら?」
「うーん」
二人とも悩ましげな顔をし、オレは黙って様子を見守った。
「関係している魔猫がすべて捕まえられれば、そのウンズィヒバーには近づけるかもしれない。でもそれはあっちの仕事だからね。ジークは今までどおり、研究室で研究をしているしかないんじゃないかな?」
「もどかしいわね」
と、ジークさんがため息をつき、オレは口を開いた。
「オレも研究室にいるべきでしょうか? 石版を持っている以上、狙われる可能性は高いんですが」
「だけど、ハインツは攻撃できるじゃないか」
にこりと微笑まながら返されると、何とも微妙な気分だ。
「否定はしませんけど、もしそれで石版が奪われたらどうするんですか?」
「うーん……世界、終わっちゃうのかなぁ?」
アロイスさんがまるで先生みたいに能天気なことを言う。
「真面目に答えてくださいよ」
と、オレが我慢できずにツッコむと彼はけらけらと笑った。
「あはは、大丈夫だよ。狙われるとしても建物の中にいれば安全だ。ここの警備は厳重だし、怪しい人物が中へ入ってくることはない」
「それならいいんですけど……」
相手はウンズィヒバー、不可視だ。どんな人かも分からないのに、安全だと言い切っていいものかどうかは疑問である。
アロイスさんはそんなオレの気持ちを察したのか、片手を出してオレの頭をぽんぽんと撫でた。
「もし不安ならヘルマンにかけ合って、護衛を用意してもらえばいいさ。もっとも、そこまで人員を割けるかどうか分からないけれど」
そうだよな、まだ魔猫捕獲作戦は続いている。すべての魔猫が捕まえられても、そこから一匹ずつ事情聴取をしなければならないのだから、しばらく忙しいに決まっていた。
するとジークさんが声の調子を明るくして言った。
「でも、昨日の今日で襲われるってことはないでしょう。大丈夫よ、ハインツ。あたしたちはいつもどおりに過ごしましょう」
「分かりました」
「それじゃあ、オレはもう行くよ。二人とも気をつけてね」
と、片手をひらひらと振りながらアロイスさんが廊下を歩いていき、オレたちはそれぞれに返事をして見送った。
敷地内のパン屋で朝食を買ってから研究室へ向かう。
「慌ただしいわね」
昨夜と同じく、敷地の内外を多数の軍人たちが出入りしていた。グラウンドの方にはたくさんの檻が置かれ、捕獲された猫たちが入れられている。その数はざっと見ただけでも数百はありそうだった。
「あんまり気にしないようにしたいけど、やっぱり落ち着かない気持ちになっちゃうわね」
「ええ、そうですね」
と、返しながらオレは肩に乗ったリーゼルを片手で撫でる。
「研究室では大人しくしてるんだぞ」
「みゃお」
返事をしたリーゼルを偉い偉いと褒めつつ、研究所の階段を上っていく。
「そういえば、ベルナルトさんはどうしてるんですか?」
「彼は一度、衛生部に戻るって話よ。もっとも、この状況で普段通りの訓練は行えないでしょうから、午後にはこっちへ来るんじゃないかしら」
「なるほど」
おそらく彼はまだ研究の協力者になっているだろうし、来てくれたら話し相手ができてありがたいな。
「魔猫捕獲作戦、早く終わるといいですね」
「そうね。駆り出されてる兵士たちには同情しちゃうわ」
ジークさんが冗談半分に言ってくすりと笑い、オレもつられて少し笑った。
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