第25話 一族の使命
午後は庭に出てぼーっとしていた。ジークさんが一緒に本を買いに行かないかと誘ってくれたが、気分が乗らなくて断ってしまったのだ。好きな本を買ってくれるとのことだったが、それも何だか悪い気がして遠慮してしまった。
リーゼルはメイドに可愛がられているし、アロイスさんは先生の様子を見に行ってしまった。
オレはベンチに座って無意味に時間を過ごしていた。
ふいにフェンスの外に人影が見えて、すぐ門の向こうに立った。見覚えのある姿にはっとして立ち上がると、彼が少しぎこちない顔で笑う。
「こんにちは、ハインツ」
「こ、こんにちは」
慌ててベルナルトさんの方へ向かい、門を内側から開けてやった。
「どうぞ」
「ありがとう」
彼を中に入れてから門を閉じ、さっきまでいたテラスへ戻る。
「オレに会いに来たんですよね?」
「そうだよ。昨日は君と話ができなかったから」
「ああ、そういえばそうでしたね」
思い返せば、昨日は先生の告白だけで終わってしまった。ベルナルトさんとはオレも話をしたいところだったし、時間もつぶせてありがたい。
二人でベンチに腰かけると、かすかに夏の匂いを連れた風が吹いた。
「昨日の話だけど、ハインツはどう思った?」
と、さっそくベルナルトさんがたずねてきて、オレは少し考える。
「正直に言うと、まだ全部は受け入れられません。頭の整理もついてないし、気持ちとしても受け入れがたくて」
「そうだね」
「でも、先生がウェンベルンを、オレの家族や友達を奪ったっていうのは、すごく最悪で最低だって思います」
ベルナルトさんはうんうんとうなずいて聞いていてくれた。
「償いとか言われても困っちゃいますし、ずっと話してくれなかったこともひどいと思ってます。だけど、先生は根が真面目で
伏し目がちにオレは続ける。
「それに彼、前に言ってたんです。話したらオレを傷つけてしまうって」
先生は分かっていた。分かっていたから昔のことは何も話してくれなかった。魔法を教えてくれなかったのも、過去のことが連想されてしまうからだろう。だからオレが大人になるのを待っていた。
「だったら引き取らなければいいのに」
と、ベルナルトさんが小声で毒づく。――そうじゃない。
「先生はオレを思うからこそ、話しにくかったんだと思います。優しいんですよ、先生は」
「そうかな? 僕はただの弱虫だと思うけど」
「っ……それは否定できません。でも、それを言うならオレだって弱いから」
オレと同じ紫色の瞳が困惑に揺れる。
「オレがもっとちゃんとしていれば、先生はもっと早く話してくれてたかもしれません。だから、お互い様なんです」
「……君がそう思うなら、そういうことにしておこう」
ふうと息をついてベルナルトさんはフェンスの向こう側を見つめる。
オレも気を取り直して続けた。
「リーゼルさんのことは、まだよく分かりません。どうして魔猫に彼女の名前をつけたのかも、理解しがたいと言うか」
「それは同感だね」
「だけど……今朝、アロイスさんが教えてくれました。先生は彼女を亡くした悲しみから立ち直れてない、って」
「……」
「それはオレと過ごした七年間、ずっとだったんです。だから魔猫を彼女の代わりにしようとして、名前を付けたようなんです。目の色が彼女と似てたから」
ベルナルトさんがうんざりしたようにため息をつく。
「ひどい話だ」
「ええ、オレも同感です。でも、その……オレが、水の属性で攻撃が出来るって分かった時も、先生は思ったそうです。オレになら蘇生魔法ができるかもしれない、って」
「まだそんなことを……」
「最悪、ですよね。なんて言うか、気持ち悪いですよね」
と、オレは無意識に苦笑いを浮かべる。
ベルナルトさんは額に片手を当てながらうなずいた。
「ああ、申し訳ないけど本気で気持ち悪いよ。彼がこんな人だと思わなかった」
そう言われてしまうとため息しか出ない。
「世界で唯一混成魔法が使える天才魔法使いなんて言って、ずいぶんもてはやされていたようだけど、ただの未練たらたらなキモ男じゃないか。本当にがっかりだよ」
「なんかすみません……」
申し訳なくなってつい謝ってしまうと、ベルナルトさんは顔を上げてオレの頭を撫でた。
「いや、君は何も悪くないよ。気にしないで」
「は、はい」
でも先生が何か言われているのを聞くと、反応せずにはいられなかった。
「少し話を変えようか」
と、ベルナルトさんが先ほどまでの
「これからどうしたいと思ってる?」
思わずきょとんとしてしまい、そんな自分に内心でびっくりした。これからのことなんてちっとも考えていなかった!
するとベルナルトさんは察したように口を開く。
「僕はね、聖地へ行きたいと思ってるんだ」
「聖地へ……?」
「前にも話したと思うけど、僕は一族の使命を自分が背負うものだと思ってた。でも、今は純血の君がいる。だから、よければ君を連れて行きたいんだ」
そうだった。最後の純血であるオレには使命がある。きっといつかやり遂げなければならないことが。
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