第24話 蘇生魔法
翌日は日曜日だった。
昨日の疲れのせいか、いつもより遅い時間に起きてしまった。すぐに着替えてダイニングへ向かうと、気付いたメイドが「すぐに朝食をご用意しますね」と、言ってくれた。
「やあ、ハインツも寝坊かい?」
と、席に着いていたアロイスさんが明るく問いかけてくる。
オレは胸に抱いたリーゼルを床へ置いてから、向かいの席へ座った。
「けっこう疲れてたみたいで、ぐっすりでした」
「そっか。オレも昨日は疲れたなー」
と、ハムとチーズを挟んだパンへかじりつく。
朝食がそろうのを待つ間、オレは言う。
「先生のこと、任せちゃってすみません」
「ハインツが気にすることないよ。あいつは昔から心配ばっかりかけるから」
「……そうですか」
今さら気づいた。アロイスさんはオレよりも先生との付き合いが長い。ヘルマンさんやジークさんもだ。オレだけが彼を支えていたわけではなかった。
胸に鈍い痛みを覚えて少しうつむく。メイドが朝食を運んできて、オレの前へ置いた。
「お飲み物はどうされますか?」
「あ、えっと……」
アロイスさんが飲んでいるのはコーヒーだった。昨夜はオレだけジュースをもらったが、朝はいつも紅茶だ。
「紅茶ってありますか?」
「ええ、もちろんです。少々お待ちくださいませ」
と、メイドはにこりと笑みを返してから、床にいたリーゼルを呼んだ。
「猫ちゃんのご飯もできてますよ」
「みゃー!」
嬉しそうにリーゼルは後をついていき、オレはふうと息をついた。
「朝は紅茶なんだね」
と、アロイスさんに言われてびくっと背筋を伸ばす。
「は、はい。先生がコーヒーを飲まない人なので」
「それは知ってるけど……そっか、紅茶か」
含みのある言い方に嫌な予感がし、オレは迷いながらもたずねた。
「もしかして、リーゼルさんが関係してたり、します?」
「いや、そうとは言わないよ。元々あいつは紅茶派だったし」
「あ、そうなんですね」
ちょっとほっとしたが、アロイスさんは遠い目をした。
「ただ、彼女もそうだったから、すぐに意気投合してたのを思い出してさ」
オレはまだ恋をしたことがない。でも、共通点があると相手に興味が出てくるし、仲良くなるのは当然だと思う。
「お待たせしました」
と、メイドが淹れたての紅茶を持ってきて、つかの間意識がそれた。
ティーポットからティーカップへ、綺麗な黄金色が注がれていく。匂いからしてダージリンだろうか。
「ありがとうございます」
オレが礼を言うと、メイドは嬉しそうにくすりと笑ってから戻っていった。
紅茶を一口すすってから、ハムとチーズの挟まれているパンを手にする。普段と違う食事は新鮮で、白くてやわらかいパンが絶妙に美味しかった。
「こんなにやわらかいパン、食べたの初めてです」
「美味しいでしょ? ジークが好きで、オレも今では気に入ってるんだ」
「なるほど」
ジークさんの好みか。普段は硬いパンばかり食べているから、ちょっと物足りない感じもするが、ハムやチーズとの相性はいいと思う。
「うちでも取り入れたいですね。先生がどう言うか分かりませんけど……」
つい考え込むオレへ、先に朝食を終えたアロイスさんが言う。
「いつもそういう感じなの?」
「え?」
きょとんとして視線を向けると、彼はにわかにこちらへ身を乗り出していた。
「彼のこと、いつもそんな風に考えてたりするの?」
「あ、ああ……えーと、そういうわけではないと思います。ただ、食事はオレの担当なので」
ふとアロイスさんから表情が消える。
「あいつ今一人だけど、大丈夫そう?」
「さ、さすがに何かしら食べてると思いますけど……」
苦笑しつつ返すものの、言われると心配になってくる。先生に任せると野菜は食べないし、毎食じゃがいもだけで済ませかねない。
「あとで様子を見に行くつもりだったし、その辺りもツッコんでおくか」
「はい、お願いします」
と、返してからはっとした。
「オレはいつまでここにいればいいんですか?」
「あいつが落ち着くまで、かな。仕事もできるだけ軽くしてやるよう、ヘルマンには言ったんだけど、気持ちの整理がつくまでは時間かかるかもね」
「うーん、分かりました」
つまり、オレはそれまでここでお世話になるというわけか。
「会いに行くのはダメですか?」
「やめといた方がいいね。ベルナルトに会うのは許すけど」
「……そうですか」
先生に長い期間会えなくなるのは初めてだ。
無意識にうつむき加減になりながら食事を進めていると、アロイスさんがメイドにコーヒーのおかわりを頼んだ。
オレのダージリンティーがティーカップの半分より下になったところで、アロイスさんが頬杖をついてオレを見る。
「どうして会わない方がいいかっていうと、フロレンツがまだあきらめきれてないからだよ」
「何を、ですか?」
「蘇生魔法を」
びっくりして、パンの隙間から小さくなったハムが皿へと落ちる。
「あの魔猫の目の色、リーゼルに似てたんだってさ。大人になったら彼女を模した姿に変身させようとしてたんだ」
「……うーん」
昨日も思ったが先生の考えることは最悪だ。分からなくはないが、やはり気持ち悪い。
「ハインツがあんな魔法を使えるって分かった時も、君になら出来るんじゃないかって思ったそうだよ」
「蘇生魔法を?」
「うん。ありえないって分かってるはずなのに、どうしても考えちゃうんだよね。彼女を亡くした悲しみから、まだ立ち直れていないから」
本当に最悪だ。オレと一緒にいた七年間も、きっとずっとそうだったんだろう。オレが知らなかっただけで、先生はずっと彼女のことを想い続けていたんだ。
「君たちには寂しい思いをさせちゃうけど、あいつにとってはこれが立ち直るチャンスなんだ。今度こそあきらめをつけて、これからの人生を前向きに歩めるように、ね」
そう言ってアロイスさんはどこか切なく微笑み、オレは黙ってうなずいた。
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