第18話 ヴァッタースハウゼン

 察したジークさんが椅子を二つ並べ、向かい合わせになるようにもう二つ置いた。

「どうぞ、座って話しましょう」

「ありがとうございます」

 ベルナルトさんとアロイスさんが座り、オレとジークさんはその向かいへ。

「アロイスから聞いているでしょうけど、あたしはジークリット・ブリッツェ。こちらは研究に協力してもらっているハインツ・ノルデンよ」

 オレは軽く頭を下げてみせた。何か言うべきだったかもしれないが、言葉が出てこなかった。

「さっそく、あなたの話を聞きましょう」

 ジークさんが進行させると、退屈で静かだった研究室に緊張感が漂う。

 気持ちを落ち着かせるようにベルナルトさんは一つ息をついてから言った。

「結論から申しますと、僕の母の旧姓がヴァッタースハウゼンでした」

 思わず息を呑む。無意識に体に力が入り、オレは彼の目を見てしまった。オレと同じ紫色の瞳だ。

「彼女の出身はウェンベルンです」

 ジークさんが真剣な顔で情報を紙へ書き留めていく。

「僕はイシュドルフの生まれですが、小さな頃から母にウェンベルンのことを聞かされて育ちました。僕は子どもながらに、いつか行きたいと憧憬しょうけいを抱いていました」

 ベルナルトさんの目にわずかな影がさす。

「でも、戦争で焼けてしまった。母はそれを知った時、ひどく悲しみました。僕も許せなかった。だから軍に入ることを決めたんです」

「入隊したのは七年前だったね。戦争が終わってからだ」

 と、補足するようにアロイスさんが口を出す。

「はい。僕はウェンベルンで何があったのか、知りたかったんです。軍に入れば真実にたどり着けると思っていたんですが、その……どうしてだか、情報が隠されているみたいで」

 ジークさんが何とも言えない様子でうなずく。

「そうでしょうね」

「わざわざ吹聴ふいちょうするような情報でもないからね」

 と、アロイスさんも言う。どうやら二人はウェンベルンで何があったか、知っているらしい。

 不安な気持ちになってジークさんを見るが、彼女は気づかなかった。

「話はこれだけかしら?」

「いえ、むしろここからが大事な話です」

 と、ベルナルトさんは背筋を正してオレを見た。

「母から聞いた話によると、彼女は純血でした」

「純血?」

「水の精霊の血を引いた一族、ということです」

 心臓がドクンと高鳴った。――知っている。オレはどこかでそれを聞いたことがある。

「そして一族には重要な使命がある。それは、聖地の番人として石版を守ること」

 まるでおとぎ話みたいだ。いいや、フィクションとしか思えない!

「母はその使命から逃げ出してしまったと、いつか後悔を打ち明けてくれました」

 語るベルナルトさんはオレを見つめていたが、ジークさんへ視線を移して言う。

「ハインツはウェンベルンの生き残りだそうですね。そして旧姓がヴァッタースハウゼンということは、おそらく最後の純血――聖地の番人の末裔まつえいだということです」

「……お、オレが」

「ああ。純血は途絶とだえたものだと思っていた。けれど、まだ君がいた」

 じわりと目に涙を浮かべてベルナルトさんは笑った。

「こうして会えて、嬉しいよ」

 どうすればいいか分からなかった。目の前にいる彼と血縁関係にあることは理解できたが、飲み込めない。

 視線を下へ向けてしどろもどろに返す。

「す、すみません。何が何だか……」

「ああ、急なことでびっくりしたよね。ゆっくりでいいよ」

「すみません」

 ベルナルトさんが優しい人のようで安心したが、頭の中は混乱していた。まさか、そんな大層な使命があるだなんて思わなかった。聖地の番人って何だ? オレはどうしたらいい?

「たしか衛生曹長だったわよね? あなたも水の魔法を?」

「はい。簡単な治療であれば可能です」

「ということは、お父上は普通の方なのね」

「はい。母とは駆け落ち同然で結婚したと聞いています」

「なるほど」

 ジークさんが黙り込み、室内が怖いくらい静かになる。

 オレは頭の中を整理するのでいっぱいいっぱいだ。膝の上に置いた左右の拳を無意識に握り、じっと見つめているしかない。

「アロイス、彼は秘密を守れるかしら?」

「大丈夫だと思うよ。彼が満足する対価を出せれば」

「何のことか分かりませんが、僕はもう十分に対価をもらっています。ハインツと会えた、その存在を確かめることが出来た。これだけでもう十分です」

「分かった、あなたの言葉を信じるわ」

 ふうと一息置いてからジークさんはたずねた。

「一つ質問をさせてちょうだい。純血の持つ魔力ちからについて、あなたはお母上から何か聞いているかしら?」

「いえ。母は水の特性でしたが、それくらいしか」

「そうよね。一般人は魔法を使うことなんて滅多にないわ。ごめんなさい、回りくどいことをして」

 何故か背中がひやりとした。何も言えないでいるオレを置いて、ジークさんは告げる。

「ハインツは水の属性で攻撃ができるの」

 ベルナルトさんが驚いたのだろう、がたっと音がした。

「こ、攻撃? そんな、ありえないっ」

「そう、ありえないのよ。だからこうして研究をしているの」

「そ、そういうことだったんですね……」

 オレに注目が集まるのが分かった。ますます頭が混乱しそうになるが、頑張って耐える。

「あたしはこれまでの研究から、ハインツはニュンフ・アップクンフトであると断定したのだけれど、あなたの話と照らし合わせたら、定義を変更する必要がありそうね」

「……ええ、純血ですから。本当の意味で精霊の血を引いていることになります」

「本当の意味か。となると、ジークが論文で書いたような、四つの属性をハインツは持っていないんじゃないかな?」

 アロイスさんの推測にジークさんがはっとした。

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