第15話 ニュンフ・アップクンフト

「話は一旦ここまでにして、次は実際に見せてもらいましょうか」

「えっ」

 ドキッとするオレにかまうことなくジークさんは立ち上がり、どこからか金属の板を取り出した。

 それをこちらへ見せながら説明する。

「この板は特殊な金属でできていてね、魔法で攻撃されても壊れないものなの。といっても、まだ試作段階で実用化はしていないんだけど、これにハインツの力をぶつけてみてくれる?」

「わ、分かりました」

 彼女は手頃な高さの棚へ金属の板を設置した。

「魔法の使い方は分かるわよね?」

「えぇーと、はい」

 思わずうなずいてしまったが、実際はどうしたらいいか分からない。――あの時はどうしたんだっけ?

 とりあえず距離を取った方がいいだろうと考えて移動する。金属の板へ体を向けたところで、誘拐された時のことを思い出してはっとした。

「あの時、オレが唱えたのは魔法の言葉でした」

「え、魔法の言葉って何? 呪文じゃなくて?」

 と、ジークさんが不思議そうにし、オレはどうにかこうにか説明をする。

「ずっと昔、誰かに教わったんです。オレを守る魔法の言葉だって」

「ふぅん……? それで?」

「えーと、その魔法の言葉が……ヴェルフェン・ヴァッサー」

 唱えたつもりはなかったのに、直後激しい水流が室内をかき混ぜた。

「わっ、ちょ、何!?」

「と、止まって!」

 慌ててオレが叫ぶと水が瞬時に消えてほっとする。しかし室内はびしょ濡れだ。

「えぇー……何、今の」

 呆然とするジークさんへ、オレは申し訳ないと肩をすくめる。

「すみません、オレにもよく分からないです」

 でも危なかった。ジークさんに怪我をさせるところだった。

「もう、びっくりしちゃったわ。特性が風でよかった、ヴィント」

 と、ジークさんは風の魔法を起こして濡れた室内を乾かしていく。

 オレは椅子に戻り、黙って座っていることにした。まずいことをしてしまった。きっとジークさんには怒られる――と、思ったが。

「えっ、えぇ、嘘!?」

 彼女の驚くような声が響き、オレは顔を上げてそちらを見る。ジークさんが見ていたのは、あの金属の板を置いた棚。

「細かく切り刻まれてる……!」

「!!」

 オレは水を操ったつもりはない。でも金属の板はバラバラにされていた。魔法で攻撃しても壊れないはずのものなのに、だ。

 かと思えばジークさんが目を爛々らんらんと輝かせながら戻ってくる。

「すごいわ、ハインツ! あなた、やっぱりフロレンツなんかより特別かも!!」

「えっ」

「あなたの力、本当にありえない! 俄然がぜんやる気が出てきちゃった!」

 とても嬉しそうに言う彼女にオレはややドン引きだ。もしかしてジークさんは変人なのではないだろうか。

「そもそも水の魔法にヴェルフェンは無いのよ。ヴェルフェンっていうのは攻撃をする時の呪文だから、水の属性が反応するはずがない、というのが正しい言い方ね」

「そ、そうなんですか」

「水属性は治癒の魔法で、ハイルング・ヴァッサーと唱えるのが一般的よ。うちのアロイスもそれで怪我や病気を治しているの」

「はあ」

「ヴァッサーとだけ唱えることで水の魔法を使うことも出来るけれど、せいぜい自分の顔を洗うくらいの水量しか出せないわ。つまり分かる? さっきのあなたが出した水量、止めてなければおぼれていたかもしれない!」

「溺れる!?」

 考えると怖くなったがジークさんは目を輝かせたままだ。

「すごいわ、ハインツ! どうしてあなたにあんなことが出来るのか、あたしが責任を持って解明するからね!」

「は、はい」

「ああ、だけどそれには情報が足りないわ。今日は資料を探すことに集中させてもらっていいかしら?」

「ええ、かまいません」

「ありがとう、ハインツ。それじゃあ、あなたはこの部屋で好きなように過ごしていて」

 そしてジークさんは床に散らかった本や書類を拾い始め、オレは自分で持ってきた本を鞄から取り出すのだった。


 夕暮れ、迎えに来た先生はヘルマンさんと同じ軍服を着ていた。違うのは襟についている階級章だ。

 あまりに見慣れない姿だったため、一緒に家へ帰る間、オレは少し落ち着かない気持ちになっていた。

「ハインツはどうだった? 何か分かったことはあったかい?」

 本部の敷地から出たところで先生がたずね、オレはうなずく。

「ええ、まあ、分かったというか……どうやら、ニュンフ・アップクンフトらしいってことくらいしか」

「ああ、精霊の血筋ニュンフ・アップクンフトか。僕も小さい頃、言われたことがあるよ」

「まだ呼ばれることがあったんですね」

「祖父の代の人だったから、今ではもうそんな呼び方はされないけどね」

 と、先生が懐かしむように少し笑う。

「でも、そっか。ハインツもそうなのか」

「ジークさんの説明によると、人はみんな四つの属性を持っているけれど、その中でも多い属性が特性になるとか」

「特性……となると、僕の場合はどうなるんだろう?」

 ふと先生が首をかしげ、オレはたずねる。

「先生の特性は何なんですか?」

「火と風」

 二つある、だと? 衝撃の事実に目を丸くしてしまう。

「だから混成魔法が使えるし、やろうと思えば土属性も混ぜられるよ」

 知らなかった! ジークさんが研究したいと言っていたのも、今ならよく分かる。

「単に魔法が得意な人をニュンフ・アップクンフトと呼ぶものだと思ってたけど、ジークの言うのとはちょっと違うかもね?」

「そうかもしれませんね。それでも先生が特別なのは変わらないと思いますが」

 と、オレが返すと先生は嬉しそうにした。

「特別な父親に特別な息子か。僕たち、お似合いだね」

「は? な、何がお似合いですかっ」

 また意味の分からないことを言い出す彼へ怒ってみせるが、日が暮れているせいで表情などよく見えないのだった。

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