第13話 魔法研究者

 国軍本部へ入るのは初めてだ。緊張しつつ先生と一緒に入っていくと、正面玄関から入ったロビーに見知った顔が並んでいた。

「待ってたぞ、フロレンツ」

「大佐が直々にお迎えなんて嬉しいですね」

 と、先生はにこにこと笑みを浮かべるも、ヘルマンさんは言う。

「今日はやることがたくさんあるんだ。さっさと行くぞ」

「ええ、分かってます。ジーク、ハインツをよろしくね。終わったら迎えに行くから」

 と、早々に歩き出したヘルマンさんを慌てて追いかけていく。その肩に白猫を乗せたまま。

 残ったのはオレとジークさんだ。

「というわけだから、あたしたちも行きましょうか」

「あ、はい」

 ジークさんが先生たちとは反対の方向へ歩き始め、オレはそわそわしながらついていった。


 暗い色の壁や床から明るいグレーへと変わったところで彼女が言う。

「ここから先は研究所になっていてね、あたしの研究室は二階にあるの」

 と、見えてきた階段を上がる。

「魔法研究者として十八歳の時に軍属し、今まで研究を続けてきた。フロレンツとは、彼の混成魔法を研究させてもらいたくて協力を頼んだのが始まりよ」

「なるほど」

 魔法研究者であるジークさんからすれば、先生の混成魔法は研究したくてたまらないだろう。

「当時はそんな余裕がないって断られちゃったんだけどね」

 と、ジークさんはくすりと笑った。

 二階へ着き、左手の廊下を進んでいく。

「上層部も彼を育てるのに夢中だったし、研究なんて二の次だって。でもあたしは、まだあきらめたわけじゃないのよ」

「いつかは研究を?」

「ええ、協力を頼みたいと思ってる。もっとも、それより興味深い対象が出てきちゃったけどね」

 にこりと意味深長に微笑まれ、オレはドキッとしてしまった。

「オレ、ですよね」

「もちろん。さあ、もうすぐで着くわよ」

 白衣を着た人々が行き交う中、ジークさんは突きあたりにある部屋へ入った。

「ここがあたしの研究室。あなたを受け入れるにあたって新しくもらった部屋だから、まだ何もなくてごめんなさいね」

「あ、いえ」

 室内には机が一つと椅子が何脚かあるだけだった。本棚はあるが空っぽで、その前にたくさんの本が雑然と積まれていた。

「それじゃあ、さっそく始めましょうか」

 ジークさんが壁にかかっていた白衣に腕を通し、椅子を持ってきて向かい合わせに置く。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 示された方の椅子へ腰を下ろし、ジークさんも座った。

 自分たち以外には誰もいない静かな研究室だった。

「あらためて自己紹介しましょうか。あたしはジークリット・ブリッツェ。魔法研究者として博士号も取得しているわ」

 そんなにすごい人だったのか! びっくりしながらオレも自己紹介を返す。

「ハインツ・ノルデンです」

 自分にはそれ以外に出せる情報がなく、少し悲しい気持ちになったがはっと思い出した。

「そういえば、これをジークさんへ渡すようにと」

 肩に下げた鞄から、昨日先生にもらった封筒を出して手渡す。

「あら、気が利くのね」

 受け取ったジークさんは中身を見てうなずいた。

「思った通り、出生届だわ」

「出生……?」

 中身を知らなかったオレが首をかしげれば、ジークさんがそれを見せてくれる。

「あなたが生まれたことを証明する、大事な書類よ」

 生年月日と旧姓、かつて住んでいた住所と両親の名前が書かれていた。端に焼けたと思しき欠けがあり、ジークさんは物悲しげに言う。

「街が燃えたのに、奇跡的に残っていたのね」

 それを誰かが見つけてくれたというのか。いや、もしかしたらオレが保護された時だったかもしれない。親切な大人が無事だった書類をオレと一緒に施設へ預けてくれたのだ。

「これがあるおかげであなたの旧姓が分かった。ヴァッタースハウゼン、珍しい名字ね」

 と、ジークさんはそれを封筒の上にして机へ置いた。

「昔のこと、どれくらい覚えてる?」

「うーん……」

 思い出そうとして考えるが、実を言うとあまりよく覚えていなかった。両親の顔も今ではぼやけてしまって思い出せない。

「お母さんが優しかったことと、お父さんが頼もしかったような記憶くらいしか」

「じゃあ、質問を変えるわ。小さい頃、ハインツは魔法を使った覚えがある?」

 はっとしてオレは首を横へ振る。

「いえ、ないです」

「両親が使っているところも?」

「見たことない、はずです。少なくとも、日常的に使うようなことはなかったです」

「そう」

 ジークさんは視線をそらして考える仕草をした後、立ち上がって雑然と積まれた中から束になった紙を取ってきた。

「話は変わるけれど、ついこの前あたしが研究していたのがこれよ」

 と、それをオレへ手渡す。

「現代におけるニュンフ・アップクンフトについて?」

 聞き慣れない単語に疑問符を浮かべるオレへ、彼女は再び椅子に座りながら言う。

「ディミ・ス・テリオ神話を知ってるかしら?」

「ええ、前に本で読んだことがあります」

 この世界の成り立ちにまつわる創世神話だ。

「それじゃあ、おさらいしましょう」

 そう言ってジークさんは神話を語り始めた。

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