第12話 引っ越し
数日後、国軍本部から封筒が届いた。魔法兵に復帰するにあたっての契約内容や諸々の伝達事項、そしてオレたちが住むことになる家に関する書類などが入っていた。
夕食を終えてリビングへ移動し、先生はソファでくつろぎつつすべての書類に目を通していた。
「来週からだってさ。ハインツ、すぐに引っ越しの準備を始めよう」
床でリーゼルと遊んでいたオレは彼を見上げてたずねる。
「荷物って、全部持っていった方がいいですか?」
「うーん、全部じゃなくてもかまわないけど、万が一泥棒に入られてもいいようにはするべきかな」
「たしかに」
長いこと家を留守にするのだから、泥棒に入られる可能性は十分にある。そうなってもいいように、衣服など必要なものだけでなく、大切なものも一つ残らず持っていこう。
と、考えたところで気がついた。
「あ、リーゼルのエサ用の皿もですね」
「うん、そうだね。普段使ってる食器もいくつか持っていこう」
「はい」
家具付きだそうだが食器まではそろっていないだろう。最低限の食事ができるよう、使い慣れた調理器具も持っていきたい。先生が気に入っているティーセットも持っていくなら、だいぶ大荷物になるかもしれないな。
思えば、引っ越しをするのは初めてだ。施設からこっちへ来た時は自分の荷物がなかったため、引っ越しという感じはしなかった。すると寂しいような、少しだけわくわくするような気持ちになって、オレは床に転がっているリーゼルの腹を撫でた。
次の日、朝食の片付けを終えて店へ向かうと、先生が棚の前で何かしていた。
「どうしたんですか?」
と、オレが声をかけると彼がこちらを振り返る。
「持っていくものを選んでるんだ」
「持っていく? 盗まれないように、ですか?」
自宅の方に金庫があるから、商品はすべてそっちに入れるとばかり思っていた。
しかし先生はにこりと笑う。
「ううん、売るためだよ」
「は?」
売る? まさか、あっちで?
「いいビジネスチャンスだと思うんだよねぇ」
と、再び棚へ顔を向けて品定めを始める先生へ、オレはつい怒鳴ってしまった。
「ちょっと待ってくださいよ、先生! どうしてそうなるんですか!?」
「どうしてって、少しでも利益を出すため――」
「そういうことじゃないですっ」
ああもう、この人は本当に分からない人だ。商売のことを考えてくれるのはいいけれど、絶対におかしい。
「オレたちは何のために引っ越そうとしてるんですか!?」
先生はななめ上を見ながら首をかしげた。
「うーん、少しでもうちの商品を知ってもらうため、かな」
「違うでしょ!」
まったく、真面目なんだか不真面目なんだか分からない。
「そもそもどこでどうやって売るつもりですか!?」
「同僚にそれとなく話をして」
「ヘルマンさんに怒られますよ!」
「あはは、その時はその時さ」
能天気な返答にオレは脱力してしまい、深々とため息をつく。
「真面目に仕事してくださいよ、先生」
文句を言っても彼はおかまいなしだった。その態度にまた呆れてしまうのだが、止めたって聞かないこともオレはよく知っていた。
テンジェフ共和国は温暖な気候で、こと首都イシュドルフは年間を通して晴れが多かった。
引っ越し当日も例外でなく晴れており、大荷物を抱えて馬車に乗り、国軍本部へと向かった。
「ここが僕らの新しい家だ」
二階建ての同じ形をした家が三つ並んでいた。道を挟んだ向かいにも三つあり、合計で六つだ。その中の端っこにあるのが、オレたちの暮らす家だった。
先生が事前に受け取った鍵を使って扉を開ける。
「うん、狭い」
中を見た彼が何故か満足げに言い、オレは思わずげんなりしてしまった。
「何で嬉しそうなんですか?」
「狭い家って、何かよくないかい?」
「オレには分からないです」
うながされて先に中へ入り、廊下の先にリビングを見つける。そこへ足を踏み入れれば、すぐそばにキッチンも見えた。どうやらリビングとダイニングが一緒になっているらしい。
あとから来た先生が荷物を下ろし、室内を見回しながら言う。
「寝室があるって話だったけど、どこだろう?」
廊下へ戻って見てみれば、途中に扉があった。
「こっちじゃないですか?」
「ああ、そこか。玄関のすぐ隣にあったとは」
扉を開けてみると部屋はベッドが一つあるだけで、とても殺風景だった。しかも狭いから他に物が置けそうにない。
「めちゃくちゃ狭いじゃないですか」
「うーん、まあずっと住むわけじゃないんだし、我慢するよ」
「ってことは、二階の寝室はオレが使っていいんですね」
「うん、見ておいでよ」
「はい」
オレもリビングに荷物を置いて、狭い階段を上っていく。短い廊下の先に寝室があった。
「わ、広い」
階下と違ってこちらの寝室は適度な広さがあった。元の家の自室より少し広いかも分からない。
ふと窓の外を見ると、近所の屋根に灰色の猫がいた。その少し先では黒猫と茶白猫が並んで日光浴をしていた。やっぱりイシュドルフはどこに行っても猫がいるな。
部屋を出てもう一つの扉を開けてみた。
「で、こっちがバルコニーか」
先生の寝室の上がバルコニーになっていた。洗濯物はここで干せばよさそうだ。
下に置いた荷物を移動させようと思って戻ると、先生がさっそく荷解きを始めていた。
「上の部屋は広かったですよ」
と、声をかけつつ自分の荷物を取る。
「それはよかったね」
にこりと先生は笑みを返し、手にした封筒を差し出した。
「ハインツ、明日ジークに渡して」
「あ、はい」
いったい何が入っているか分からないが厚みはなくて軽い。とりあえず空いた手で受け取って、オレは再び二階へ上がった。
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