第11話 ごちゃごちゃの感情
先生が魔法兵に復帰して、オレがジークリットさんの研究室へ通えるようになるには、いろいろと準備が必要らしい。
そのため次の日はこれまで通り、来ない客を待つばかりの何気ない日常だったのだが。
「ハインツ、少し相談があるんだけれど」
作業場から呼ばれて振り返ると、先生がスケッチブックをこちらに向けていた。
「新作はこんな感じでどうかな?」
オレは思わず無表情になってしまった。
「え、何ですかそれ」
描かれていたのは丸い玉に羽が生えた物体だ。ぱっと見て何を描いたのか分からなかった。
「何って妖精だよ」
「妖精? どこが?」
「いやいや、どう見ても妖精でしょう? 羽が生えてるじゃない」
話が噛み合っていない。どうやら彼のイメージする妖精と、オレのイメージする妖精はずいぶんと違うらしい。
「オレの知っている妖精は、人の形をしているものですけど」
と、返してみたら、先生がきょとんとして言う。
「妖精って、いつも光り輝いてるんだよ?」
なるほど、丸いのは光り輝いている様子ってことか。理解はしたが納得はできず、オレは立ち上がってそちらへ向かった。
「そうかもしれませんけど、羽の生えたボールにしか見えませんよ」
作業机の横へ立ち、鉛筆を取る。
「貸してください」
「はい」
先生からスケッチブックを受け取り、新しいページを開いて机へ置いた。
「どちらかといえば、こっちの方がいいと思います」
さっと鉛筆を走らせて、オレのイメージする妖精を描いた。誇らしげな顔で両手を伸ばして、大きな光の玉を抱いている。
見ていた先生は「可愛いね」と、褒めてくれたがすぐに言った。
「でも、絵本の挿絵か何かで見た感じするなぁ」
言われてみればその通りだ。オリジナリティに欠けていたことを反省するが、どんなデザインにしたらいいかは思い浮かばない。
「っていうか、何でこんな時に新作なんて考えてるんですか?」
と、オレは鉛筆を筆立てに戻しながらたずねた。
先生は首をかしげて「思いついちゃったから?」と、何故か疑問系だ。
「マイペースですよね、本当」
呆れたオレは嫌味を込めて返すが、先生には伝わらなかったようだ。
「魔法雑貨屋をやめるつもりはないからね。形にできる日がずいぶん先だとしても、考えておきたいんだ」
「……そうですか」
微妙な気分になって店へ戻ろうとすると、ふいに先生がたずねた。
「ねぇ、ハインツ。君はこのお店、好きかい?」
動かしかけた足を止めて、オレはむすっとしながら答える。
「好きに決まってるじゃないですか。その……先生が、よければ……後だって、継ぎたいですし」
最後の方はもごもごとはっきりしない口調になってしまった。恥ずかしさで頬が熱くなる。
「そっか、嬉しいな。ありがとう」
見ていなくても先生がにこりと笑うのが分かった。
――ノルデン魔法雑貨屋は、オレたちが二人三脚でやってきた大事な大事な店だ。そう簡単には失えないし、オレは退屈でも店番をしている時間が好きだった。
気づけば誘拐事件から八日が過ぎていた。しかしオレが一人で外を歩くことはまだ許されず、買い出しにすら先生はついてくる。
「いつまで一緒に行動するつもりですか?」
午後。通い慣れた市場に向かう途中、オレがそうたずねると隣を歩く彼は言う。
「事件が解決するまで、ずっとだよ」
「……一応オレ、思春期なんですけど」
「ああ、
さらりと問いかけられると答えに詰まる。そうだけどそうじゃなくて、そばにいてくれるのは安心するけど、素直に言えるはずもなくて。
ごちゃごちゃの感情を無理やり胸の底に押し込め、オレはまっすぐ前を向いたまま言う。
「今日の夕食、キャロットスープにしましょうか」
「えっ、僕がニンジン嫌いなの、知ってて言ってるよね?」
「好き嫌いは許しません」
わずかに歩く速度を上げて進めば、後ろから先生の「勘弁してよぉ」という情けない声が聞こえてきた。
大人なのに食べ物の好き嫌いをするのはダサい。オレは小さい頃から何だって食べるから、先生の好き嫌いはどうにかしたいと常々思っていたところだ。
「食べてみたらおいしいかもしれないですよ」
「無理だよ、ハインツ。ニンジンだけはやめて」
「パプリカもでしょ」
「ああー、それはその……」
先生が何も言えなくなったところで、前方に市場が見えてきた。生鮮野菜を扱う店に目をやれば、パプリカが普段よりも安くなっているではないか。
「あっ、パプリカがいつもより安いですね。前に近所のおばさんからもらったレシピがあるし、肉詰めにしましょうか。一度作ってみたかったんです」
夕食の
「えぇー、ハインツは意地悪だなぁ」
ぼそりとつぶやかれた言葉を無視して、オレは店先に並ぶパプリカの前へ立つのだった。
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